曽谷城
曽谷城([国府台城 周辺城郭])
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曽谷城の口コミ情報
2024年12月21日 マグロ常陸介祐平
曽谷重胤が千葉介胤鎮から、曽谷村の近在3000町を与えられ城主になったのが始まりと伝わるようです。(千葉介胤鎮は肥前小城の千葉家のような気がします)重胤の孫は大野を治めた教信です。一族の末裔の曽谷胤貞は、足利尊氏に従い九州多々良浜の戦いで武功をあげるも、帰る途中に三河にて高橋の合戦で討死、曽谷城も何故か落城したようです。その後も曽谷氏は存続し、康正2年(1456年)に滅亡したと伝わるようですが、本土寺過去帳には、康正年間以降も文明、天文、天正まで官途を名乗る曽谷氏が記録されているようですので(天正15年に小田原で曽谷摂津守が亡くなっている)、本当に滅亡したのでしょうか。
説明板がある辺りが城域のようですが、断崖にあったお城は、崖が後退してしまい、説明板に載る石井さんのお宅の庭の奥に土塁と空堀の一部が残るのみとなっています。土塁は石井さんのお宅の入口から広いお庭の先に、遠目に見ることができます。
曽谷氏が所蔵していた、青き石の紋に黒く烏の形があざやかに現れている「烏石」は、現在、東京大田区の盤井神社に伝わっています。