葦葉氏館
葦葉氏館([関宿城 周辺城郭])
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葦葉氏館の口コミ情報
2026年06月25日 マグロ常陸介祐平
幸手一色氏の子孫とされる芦葉氏の館となります。武蔵国郡村誌によると、5km程西にある天神島城の城主一色宮内少輔源直高は、天文23年に北条氏により落城すると芦原に潜んで姓名を芦原(葉)と変え、天正5年に芦葉満朝というものが没して以来、連錦として現在の伊右衛門まで16代となるとしています。寛政5年に火事にあって系図を失い、過去帳を残すのみとなったようです。
直高は、一色氏が名乗る宮内の官途を使用していますが、系図には見られず、本流はその後も生き残り最終的には大身の旗本になっているので、隠れ続けなくてもよさそうな感じです。江戸時代になると芦葉氏は名主となり昭和初期まで付近に住まわれていたようです。歴代当主は満朝、範昭、直昭など、いかにも一色一族らしい諱を使用しており、それらしさは感じられます。久喜市上川崎の渡辺氏や芦葉氏など、幸手一色氏には不思議な庶流が見られます。
館跡は江戸川に架かる関宿橋の近くで、Googleマップに位置登録されている場所は、ほぼ土手となっています(写真1枚目)。100m程南には芦葉氏の菩提寺の東岳庵がありますが、こちらは敷地が微高地となっており、南側を除く三方が用水路で、館跡の雰囲気を感じます(写真2~6枚目)。
芦葉氏がこの地を去ったことでお墓は無縁となり、墓石は1箇所に集められています(写真7枚目)。江戸時代の院号付きの戒名の大きな墓石もありますが、過去にあったらしい天正5年の満朝のものは分かりませんでした。









