城ノ腰城
城ノ腰城([多部田城 周辺城郭])
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城ノ腰城の口コミ情報
2026年02月28日 マグロ常陸介祐平
お城の存在する旧長峰村は、千葉常重からこの地域を賜った坂尾五郎治の家臣、長峰田所三郎胤行が開村したと伝わるようですが、お城との関係は不明のようです。伝承では、寛永16年(1639年)にこの地を知行した旗本の板倉重直が築城したとされるようですが、寛永年間になって幕府旗本が陣屋とは別に平山城を築城するのは無理があると思われます。陣屋は南東に1.5m程の栄福寺とされています。香取造営料足納帳に原越前入道(=千葉氏の重臣原胤房?)が長峰を所領していたとの記録が残っており、原氏に関係するものかもしれません。お城は千葉東金道路により中央部を失っていますが、発掘調査では時代の特定は出来なかったようです。
高速道路に分断された南側は、台地上に曲輪があり周囲は断崖になっています(写真2枚目,この写真の右側も断崖)。高速道路のすぐ脇で鉄塔もが立つ状態で(写真1枚目)、どこまで旧態を残しているかはわかりません。東側から高速道路の下をくぐり、お城に近ずきましたが登れる場所がなく(写真3枚目)、お城の北側(写真3枚目)はぐるりと東を回って墓地を抜けて探査しました。墓地には塚状の盛土が見られ(写真7枚目)、墓地の先には竪堀状の溝があり(写真5枚目)、竪堀の西側には高さ7~8mはあろうかと思われる巨大な土塁が西へと伸びています(写真6枚目)。土塁の手前にはロープが張ってあり、立ち入り禁止のようで、竪堀付近から見るのみとなりました。









