渋江陣屋

渋江陣屋([葛西清重館  周辺城郭])

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渋江陣屋の口コミ情報

2026年07月16日 マグロ常陸介祐平


渋江白髭神社、もしくは神社の南西にあったとされる名主宅が陣屋跡とされています。日本城郭大系によると、江戸時代の渋江村の名主の屋敷あたりが里見氏の陣屋が置かれていたとの口碑があり、白髭神社と道路を挟んだ位置に当たると書かれています。国府台の戦いで、里見氏が陣屋を置いた陣城と推定されているようですが、国府台からは6km程離れています。但し、近隣にある西光寺(登録城の葛西清重館)は永禄6年(1564年)に国府台の戦いで兵火にかかり寺運衰退したと伝わっており、全く根拠の無い話ではないかもしれません。

また、渋江陣屋は別名を山中陣屋と呼ばれています。渋江村は北条氏の家臣山中内匠助の知行地で、小田原衆所領役帳に葛西渋江之郷39貫50文とあります。山中内匠助(頼次)は海老名や川越にも大きな知行地を持つ合計約600貫の大身で、自ら渋江に居住することはなかったと思われますが、知行地を管理する代官は置かれていたものと思われます。白髭神社の神主さん(大変丁寧にご対応いただきました。感謝です。)のお話では渋江村の江戸時代の名主は磯部氏で、かつては神社の南西に広い屋敷を構えており、屋敷内には旦那山という塚があり、塚上に稲荷神社が祀られていたとのことです。磯部氏は戦前に渋江を去り、跡地には工場が建てられていたようですが、今は工場も無くなり、分譲住宅になっているとのことでした。

白髭神社の鳥居は、江戸時代後期の当主磯部瀬左衛門義保により寄進されたものです。磯部氏は山中氏に関係する武士の子孫でしょうか。

2021年12月26日 うっちー外記幸村
里見氏の陣屋。(山中氏の陣屋説もあり。)

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