日照山源光院普賢寺

日照山源光院普賢寺([葛西清重館  寺社・史跡])

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日照山源光院普賢寺の口コミ情報

2021年05月01日 山内侍従伊右衛門俊胤
 葛西兵衛尉入道寂昌が治承4年(1180)に創建したという。創建年と「兵衛尉」とある事から考えると、寂昌とは清重の事と思われる。建治元年(1275)、和田北条合戦で領主葛西民部少輔が討死し、寺も焼亡。3歳であった民部少輔の子六郎常則は母と共にこの地から立ち退き、後に戻って弘安6年(1283)に薬師堂を再興したという。しかし和田合戦は建暦3年(1213)に起きた出来事であり、この辺りの伝承は怪しい。

 建治元年というと、前年に元寇(文永の役)が起きている。文永の役には下総守護である千葉介頼胤も出陣しており、頼胤はこの時の負傷が原因で建治元年8月に死去したとされる。

 頼胤は自らの拠点を千葉から国府近くに移していたとされており、普賢寺は下総国府からもそう遠くない位置にある。上記の普賢寺に関わる伝承は頼胤の元寇に関する事柄が変容したものではないかと考えられる。もしくは、葛西御厨に残っていた葛西氏の一族であった民部少輔が、守護である頼胤の九州出陣に随行し、元軍との戦いによって討死したという事があったのかも知れない。

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