御嶽城
御嶽城([辛垣城 周辺城郭])
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御嶽城の口コミ情報
2025年05月13日 ラッセル小弓公方右兵衛佐
JR青梅線の御嶽駅で下車。ここからケーブルカーの滝本駅まで、バスで移動。車で行く場合は、御嶽山ケーブル滝本駅近くに約130台の駐車場があるが、紅葉などの混雑時期にはすぐに満車になるので注意が必要です。
滝本駅からケーブルカーを利用すると、約6分で御嶽山駅に到着する。下山もケーブルカーを利用する場合は下りの切符を事前に購入しておいたほうがよい。
右手の展望台からは東京都心が見渡せる。ここにある冨士峰園地行きのリフトに乗っていくと見晴らしの良い展望台がある。
冨士峰園地の斜面では、8月には関東屈指のレンゲショウマが群生するのを見ることができ、早春にはロウバイとカタクリ、秋には紅葉と、季節ごとに花や木々の美しさを楽しめます。
産安社にお参りし、準備を整えたらいよいよ出発❗️
はじめは舗装された平坦な道が続き、やがて右側に御岳ビジターセンターが見えてくる。御岳山は古来から山岳信仰の山だったため、伐採や植林の影響を受けていないため、ムササビなどが生息する自然が残されており、ビジターセンターによる自然観察会などが企画されている。
ここから神社までは参拝者の便宜を図る御師が宿坊と呼ばれる宿を営んでいる。宿坊に泊まり、自然や文化を堪能することもおすすめです。
案内の看板にしたがって進むと、右側に樹齢1000年といわれる神代ケヤキ(国指定天然記念物)が見えてくる。神代ケヤキを過ぎると神社前の土産物店が両側に軒を連ね、そこを進むと神社の鳥居前に出る。
神社の長い石段を上ると、目に飛び込んでくるのは、朱色の拝殿です。境内にはさまざまな神様を祭る社が立っている。
裏手の山頂に鎮座している「大口真神社」にはオオカミがにらみをきかせている。その昔、この山域で日本武尊が道に迷った際、道案内をして救った白オオカミが神格化して「大口真神」となり、御岳山を守っているのだそうです。さらに、オオカミは農作物に獣害をもたらすイノシンや鹿などを退治してくれるため、農家の人にとっても大助かり。オオカミは農業の神様にもなり、「お犬さま」として信仰されることになった。お犬さま信仰にあやかって、境内には犬を連れた参拝客も多い。手水屋ではペット専用のお清めが用意されている。
武蔵御嶽神社は第10代崇神天皇7年の創建と伝えられ、その後、天平8年に僧行基が東国鎮護のため蔵王権現を勧請したといわれている。その後、山岳信仰の興隆とともに修験道の拠点として、平安時代から江戸時代にかけては、武将たちの信仰が厚く、刀剣や大鎧などが奉納された。畠山重忠が奉納したとされる「赤糸威大鎧」(国宝で日本三大大鎧のひとつ)は、宝物殿に展示されている。
徳川家康が関東に封ぜられると、南向きの社殿を江戸城守護ため東向きに建て替え、三十石が寄進された。また、この頃より庶民の寺社参り御嶽詣が始まり、人々は講を結成し、関東一円より参拝に訪れました。
現在も講を始め多くの人々が参拝に訪れ、その伝統は今も続いている。
参拝後は神社の階段を少し降りたところに分岐があり、右手の細い道に入る。そのまま数分下ると、長尾茶屋のある長尾平分岐に出る。ここで休憩しても良いが、時間があれば、長尾平展望台に行ってみよう。展望台にはあずまやがあり、そこから東京都心の眺望がよい。
景色を堪能したら長尾平分岐まで戻る。右の緩やかに下る道は大岳山や奥之院に行くコースとなるが、左のロックガーデンへ行く。ロックガーデンは「東京の奥入瀬」ともたとえられ、5月の若葉、11月上旬ごろの紅葉など、鮮やかな渓流美を堪能することができる。
分岐から一気に下って七代の滝に到着する。落差50m・大小7段の滝からなる、幽玄な趣のある場所ですが、登山道からはその一部だけが堪能できる。ここから長い鉄の階段を上がると天狗岩が鎮座し、クサリづたいに登っていくと、天狗の像が安置されている。
天狗岩を越えると、いよいよロックガーデンに入っていく。苔むした岩間を流れる緩やかな清流沿いの道を20分ほど登っていくと、トイレと休憩所がある。
そのまま渓流沿いに登っていくと綾広の滝に出る。落差は10mほどの滝であるが、武蔵御嶽神社のみそぎの神事が行われるところである。滝を見下ろしながら急坂を登っていくと、大岳山へ通じる登山道に合流する。ここを右に曲がり、なだらかな道を歩いていくと、天狗の腰掛け杉と呼ばれる大杉がある。天狗が腰かけられるように、大きくせりだした枝が特徴だ。このそばの道を左に登れば、武蔵御嶽神社の奥の院へ行ける。
【拝殿】元禄13年(1700)に江戸幕府によって造営された。江戸時代までは蔵王権現を祀る「御嶽蔵王権現」だったが、明治時代に「御嶽神社」となった。
2022年02月17日 土支田大膳大夫
室町時代以前に三田氏が築城したと考えられている。室町時代に入ると山内上杉氏の拠点として、安保泰広が入城した。その後、天文21年(1552)には北条氏康に攻められ落城し、平沢政実が入城した。現在、城跡には堀切、土塁などが残る。