田村氏館
田村氏館([高幡城 周辺城郭])
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田村氏館の口コミ情報
2026年06月21日 マグロ常陸介祐平
安養寺が館跡となります。館の主の田村氏は日奉氏族西党の由井宗弘(由井氏館の主)の子孫とされ、平安時代後期から鎌倉時代初期の当主は田村駄太郎知實と子の三郎弘綱、その子孫で安養寺を開基した田村安栖は北条氏の御殿医で、小田原城開城の際は氏政と氏照の切腹場に小田原の自邸を提供しています。但し、所領役帳では御家中衆に属し所領は伊豆船原(現在の伊豆市上舩原)に50貫文(他に蔵出50貫文)となっており、子孫は330石の旗本になりますが、寛政重修諸家譜では坂上田村麻呂の子孫(坂上姓・分家は丹波姓)で、戦国期の先祖の丹波守吉永は丹波に住み、赤井悪右衛門直正と戦い討死して、その子の長九郎長秋は医道を好み京の千本典薬(京の千本に住んだ医家の丹波氏)の家を継ぎ、安栖軒宗仙と称したとしています。日野市出身の日奉姓田村氏が幕臣となり系図を飾った可能性もありますが、北条家の御殿医になるには京で医術で名をあげる必要もあると思われ、安栖が本当にお寺を開基したのかという点を含めて、真相は不明です。
館跡の安養寺や周囲の公園に、遺構らしきは確認できませんでした。先人様が写真を投稿している公園北側の湧水水路は、堀跡かもしれないようですが見落としてしまいました。本堂は18世紀初頭の建築とされ、日野市の文化財に指定されています。









