金子屋敷

金子屋敷([高幡城  周辺城郭])

高幡城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「金子屋敷」の地図・口コミがご覧頂けます。

「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。

金子屋敷の口コミ情報

2026年01月11日 いれぶん武蔵守


金子屋敷公園

 この公園前の坂を南方へおよそ200mほど登ると、湯沢橋(湯沢会館下)に至る。この橋を東に渡ったあたり、山間の窪地がひらけて、現在野菜畑となっている。
古くからここを金子屋敷(小字名)と呼んでいた。
 屋敷の主を金子左京という。金子氏は天正の頃(1573〜1591)元三沢五騎衆(のち十騎衆、八王子城主北条氏照の配下戦列に組み入れられ、度々その城の守りについた地侍)の一人。
 彼は慶長五年(1600)の頃、この地を去って中野村(現八王子市東中野)井戸ノ上に移住し、その子孫は今日も数戸存続する。
 資料によれば、日野万願寺の金子氏もそのとき分散して土着した一族であるという。
 この公園の地は三沢分、金子屋敷は程久保分であったが、地理上両者の間には、何らかの関係があったものと考えられる。
(案内看板全文)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
残っている文書が数少なく、三沢衆とは誰の事なのかは土方家を除いてはっきりとはしてません。小田原北条との関係を隠す為に処分された説があるようです。従ってここで出てくる金子左京なる人物も伝承でしかないのですが、地元の方々が大切にしていたものだと思います。

日野市郷土資料館の学芸員さんに話を伺いにいきましたが、説明看板は公園課で作成したもので、関わっていないので根拠や詳細はわからないとの事でした

館跡とされる土地の手前には湧水の流れがあり、"湯沢"とされます。金子氏なのかははっきりしませんが、三沢衆の"三沢"の名前の元となる三つの沢の一つである湯沢に面した土地は、確かに三沢衆に相応しい場所であるかも知れません

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore