川辺堀之内城

川辺堀之内城([高幡城  周辺城郭])

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川辺堀之内城の口コミ情報

2026年06月22日 マグロ常陸介祐平


各お城のサイトによると川辺堀之内城がお城として認識されたのは比較的最近のこととしており、古い資料には表れないようです。

大河べらぼうで注目された大田南畝(蜀山人、勘定方の幕府御家人で真面目に仕事をしていた)が多摩川巡視(水害の被害調査)の際に記した「家伝史料」に「永禄十年十月十八日、岩槻太田平六資満は、正月十三日の高幡不動堂における高麗同名中の左右の座敷次第の覚書を高麗彦次郎に示す。左、高麗山城守・これはあらいの村、高麗平次左衛門・これはとよ田の村、高麗近江守・これはみさはの村、田中源六・これは山城家の子。右、高麗左衛門・これはほりの内村、高麗越前守・これはかうち村、平山越後守・これはたの口村、高麗勘解由・これはほとくほやつ、伊藤・これは左衛門かせもの。」とあり、この部分は周辺に居住していた高麗一族が年頭行事として高幡不動で集会を行う際の座順を示したもので、お城のある堀之内村は高麗左衛門とあることから、左衛門が城主ではないかと推測されているようです。

お城は台地の先端に位置しており、日野ゴルフ練習場の南側には、東側と西側に土塁の残欠らしき土盛りが見られます。郭内は竹林で立ち入り禁止となっています。台地上の城域は、遺跡としては時代区分縄文中期から平安時代時代までで種別は集落となる吹上遺跡に含まれますが、台地下の川辺堀之内遺跡は時代区分縄文・平安・中世の包蔵地となっており、発掘調査では堀が検出され、遺物としては古瀬戸や瓶子が出土しており、居館跡と思われます。

東側の土塁状の土盛り付近は、増田家の墓地になっています。被葬者の一人増田紋之助は天然理心流佐藤彦五郎の門人で、「神門帳」にその名が見られるようです。また、神門帳には川辺堀之内村の門人として伊藤姓が3名見られるようですが、前記した「家伝史料」の高麗左衛門のかせもの(家臣)伊藤氏の子孫でしょうか。

2022年05月11日 いれぶん武蔵守


陣馬山辺りに水源を持つ浅川は、多摩丘陵にぶつかり長沼付近で大きく湾曲し、豊田・東豊田を経て川辺堀之内周辺で最大の川幅を持ちます。北岸は豊田〜川辺堀之内で段丘を成しており、豊富な湧水と川水で古くから稲作が容易な定住農作民の土地です。日奉氏や高麗氏が領有していたとされます。

段丘が最も張り出した位置が現在の川辺堀之内城跡とされる部分で、ゴルフ場の先端部分の林です。裾野に段丘湧水の水路があり、堀の役目にみえます。この部分だけでは如何にも小さいのですが、赤色標高図に見える通り段丘は神明二丁目辺りを最高部分とし神明一丁目付近まで続きますから、実際には大きな範囲のものだったのかもしれません。いずれにしても、平山城・高幡城・百草城と続く浅川南岸に対応する、唯一の北岸山城ですからロマンは感じられます。遺構となる物は少ないですが、麓の稲荷神社や湧水路や延命寺に、日奉氏の痕跡を残す日奉氏館・田村氏館に往時を偲ぶしかありません

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