大相模氏館
大相模氏館([宇田家屋敷 周辺城郭])
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大相模氏館の口コミ情報
2024年07月22日 マグロ常陸介祐平
野与党の大相模氏の館で、11世紀に箕勾経能の二男能高が館を構えて以来、現在まで子孫の方が住まわれています。
戦国期の動向などは不明ですが、江戸時代になると東方村上組の名主を務め、江戸時代中期に苗字を中村に改めています。
近くにある、中村家の墓域には、17代目以降の墓石と越谷市の文化財に指定されている文和3年の板碑(写真1,3枚目)が見られます。居館は、隣村の宇田氏の館と近い広さで、土塁と水堀に囲まれていたようですが、残る遺構は「従是東忍領」の石柱が建つ土塁の痕跡(写真2,4枚目)のみとなっています。
東方村にはもう一軒の名主である下組の中村氏があります。同じ桓武平氏でも千葉氏の系統で、戦国期には太田道灌に仕えていたようでです。館は、上組中村氏の東隣に位置しており、発掘調査では井戸や溝の他、板碑、小刀、陶器、土器などが出土しています(写真5枚目)。住居は市の文化財に指定され、レイクタウンの公園内に移築されています。式台の大きな立派な建物です(写真6,7枚目、入場料100円)。
新編武蔵風土記稿では、何故かこの2つの中村氏には触れておらず、大相模氏の記述も隣村の西方村の項になっています。
越谷市にはもう1つ文化財になっている中村家住宅(写真8枚目、入場料100円)が大間野町にありますが、こちらは小西行長の旧臣の家系です。また、東方村の南隣の麦塚村の名主も中村氏で、先祖は上総出身で、戦国期は岩槻の太田氏に仕えていたようです。極めつけは、西方村のお隣の瓦曽根村の名主の中村氏で、豊臣氏三中老中村一氏の弟の一栄(八橋城3万石)の系統で、一栄が家康から賜った「信国の短刀」が家宝として伝わっています。