次郎兵衛屋敷

次郎兵衛屋敷([春日部氏館  周辺城郭])

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次郎兵衛屋敷の口コミ情報

2026年09月27日 マグロ常陸介祐平


関根氏の館、4つ目の口コミとなります。こちらは広沢氏系ではなく、多田満仲の後胤とされる粕壁宿の関根氏の館となります。ちなみに関根の姓は新井・金子同様、埼玉県に集中する代表的な苗字で、春日部付近にも沢山の関根さんがお住いです。

風土記稿には粕壁宿の条に旧家者次郎兵衛として、関根氏の先祖や戦功、関根と名乗る由来が記されています。少々長くなりますが、「世々名主を勤む、氏を関根と称す。其先祖を尋るに、多田満仲の末葉にて、始めは多田と称せりと云。系図を失ひたれば、其詳なることをしらざれど、家記を閲するに、天文年中多田新十郎なる者あり。甲斐の武田に仕え諫言主の意に違へたるを持て退身し、岩槻城主太田美濃守資正に従ひ、夫より十郎、氏房の代に至り、永禄十二年薩埵山に於て北条武田合戦の砌、氏房より北條へ援兵を差向けるとき、新十郎其内に加へられしに、戦功衆に抽たれば、氏政より感状を賜ふ。其後何れの合戦のことにや太田氏の将士抜群の功ありしかば、上杉謙信より三楽へ感状を送らる。其文に関東根元の武士と記せり、三楽面目に思ひ喜悦斜ならず、今より予が旗下の士、関東根元の四字を摘て関根と名乗べしとて、戦功の者数人を撰出して関根の氏を与ふ。新十郎も其一人にて、此時より多田を改めしと云。されど是より前、関根氏のもの、ままあればうけがたきことなり。又云、岩槻落城の後、当所へ引篭りて村人となり、男子三人を儲く。(中略) 氏政よりの文書左の如し。」とし、続けて氏政からの感状の移しを載せています。関根姓の起源が地名ではないことが、他の関根氏とは異なり、こちらの関根氏以外にも複数の者が関根を名乗ることになっている点も「うけがたきこと」ではありますが地域に関根姓が多い説明となっていて、面白く感じます。

館は、古利根川沿いに鎮座する碇神社の南側とされています。碇神社は次郎兵衛家の屋敷稲荷で、境内には県の天然記念物に指定されている樹齢600年のイヌグス(タブノキ)の巨木が見られます。付近は下喜蔵河岸という水運の積卸し場所となっていた場所で、関根(多田)氏は戦国期に水運を握っていたのかもしれません。

屋敷地の現状は商工会議所や駐車場、民家となっており、遺構らしきは見当たりません。関根次郎兵衛家は、明治時代になると姓を多田に復姓しており、春日橋のたもとには多田時計店(シャッターは閉まっている)、商工会議所の向かいにも多田さんがお住いです。郷土資料館の学芸員さんにお伺いしたところ、文書は本家というわけではない時計店の多田家に伝わり、次郎兵衛屋敷は旧日光街道の中町郵便局辺りとの事でした(写真7枚目)。そちらは街道に面しており、次郎兵衛家の営む問屋があった場所でしょうか。

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