石田三成本陣

石田三成本陣([石田堤  周辺城郭])

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石田三成本陣の口コミ情報

2026年02月04日 ᴿᴱᴰ副将軍


忍城の水攻めの際に石田三成が布いた本陣跡⚔

オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎

1590年に忍城を水攻めする際に石田三成が布いた本陣跡。
豊臣秀吉は、徳川家康を介して北条氏政に上洛を促すも拒否をしたため小田原攻めが決定。
これにより北条氏家臣で忍城の成田氏長と成田泰親は小田原城に向けて出陣し籠城。
忍城には城代の成田泰季、その嫡男の成田長親、甲斐姫、そして正木丹波、柴崎和泉守、酒巻靱負をはじめとする成田氏家臣団が籠城。
そして豊臣秀吉は館林城・忍城を攻略するために石田三成・大谷吉継・長束正家を派遣しますが、忍城は沼や河川を天然の堀とした堅城であったため豊臣軍は苦戦。
そして石田三成は丸墓山古墳に本陣を構え、大谷吉継・長束正家・直江兼続・佐竹義宣・宇都宮国綱などが忍城を包囲します。
豊臣秀吉の指示により水攻めを行うために、忍城を中心に南方に半円形の全長28kmに渡る堤防を4~5日で築きます。
石田堤と呼ばれ、利根川の水を堰き止めて水攻めを開始しますが、完全には本丸は沈まず浮いている様に見え、忍の浮き城と呼ばれました。
成田氏は夜間に堤防を破壊するなどして防戦。落城はしませんでしたが、既に小田原城は降伏し北条氏は滅亡していたため忍城は開城しました。

見所
国内最大級の円墳である丸墓山古墳を利用した陣所。
忍城から東南東へ約2kmに位置し、円墳は直径105m、高さ18.9mあり、忍城を一望できるロケーションです。
さきたま古墳公園内にあり、頂部まで登ることも出来ます。
「のぼうの城」の舞台であり、小説および映画も観たため行きたかった場所でした。

2025年03月24日 ラッセル上総介【】栗太郎
丸墓山古墳 直径105m 高さ19mの日本一大きい円墳。出土した埴輪から6世紀前半に造られたと考えられる。この古墳から駐車場へ続く道は、忍城水攻めの際に築いた石田堤の跡です。
水攻めの際、丸墓山古墳に石田三成が本陣を張った。現在、登ることができる。

近くにあるさきたま史跡の博物館では、稲荷山古墳から出土した国宝「金錯銘鉄剣」をはじめとした数々の出土品を見ることができる。

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