小島氏館
小島氏館([本庄城 周辺城郭])
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小島氏館の口コミ情報
2026年07月13日 マグロ常陸介祐平
長松寺が丹党小島氏の館とされています。小島氏は、秩父五郎基房の子の四郎重光がこの地に居住して小島を名乗ったのが始まりとされます。弘長元年(1261年)の鎌倉幕府の的始で射手を務めた小島弥二郎宗範は、一族と考えられているようです。小島氏に関しては、早い時期に記録に見られなくなったようで、鎌倉時代以降も小島氏が居城したのかは不明の様です。
戦国期は北条氏の家臣で猪俣邦憲に属した吉田政重・真重親子が、小島郷に所領を得ていたようですが、吉田氏は寄居や小鹿野が本拠地で、小島郷の他に黛(まゆずみ)郷(金窪)にも所領を与えられており、金窪城主や横浜の権現山城(現在の幸ヶ谷公園付近)の在番となっていたとされており、この館を使用したのかは不明です。
風土記稿には、館や小島氏、吉田氏に関する記述はなく、長松寺も開山の僧が正保4年(1647年)に無くなっているので、小島氏や吉田氏とは関係無さそうです。
遺構としてはお寺の西側や北側に空堀を伴う土塁が見られます。居館的な構造のように感じられますが、台地の縁に位置しており、要害的な要素もあります。鎌倉時代の居館がそのまま残ったようには見えません。









