島田氏陣屋
            
          
島田氏陣屋([大堀山城 周辺城郭])
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島田氏陣屋の口コミ情報
            2025年10月26日 マグロ常陸介祐平
              
 
              
 
              
 
              
 
              
 
              
 
              
 
              
              
            旗本島田氏の陣屋です。島田氏は、美濃土岐氏の後胤とされる三河の国人で、十兵衛(岡崎城で討死)の代に松平広忠の家臣となり、孫の重次は家康の関東入国によりこの地に所領を与えられ、陣屋を築いています。重次は、関ヶ原では御使番として鉄砲足軽を従え活躍し、大阪の陣では旗奉行を務めています。子孫は、長崎奉行、江戸町奉行、などを務める上級旗本として存続しています。
また、吉原三浦屋の花魁、2代目高尾太夫(万治高尾)は、仙台藩主伊達綱宗から思いを寄せられ身請けされますが、馴染みで4代将軍家綱の小姓を務めた島田権三郎利直を慕うあまり、言うことを聞かず、隅田川に浮かべた船上で高尾を惨殺したとの逸話があります。惨殺は実話ではないようですが、歌舞伎や浄瑠璃の題材になっています。
陣屋は、坂戸小学校の西側にあったようですが、堀ノ内の地名が残るのみで、場所は特定されていないようです。今回、先人様が写真を投稿された2箇所を見てみましたが(写真1,2枚目)、市街地となっており、陣屋を感じ取ることは出来ませんでした。坂戸市には、他に島田の弾正陣屋がありますが、そちらは坂戸市島田地区に存在した難波田弾正の陣屋とされます。
近くに建つ永源寺(写真3枚目)は、島田氏の菩提寺で、島田氏歴代の墓(写真4~6枚目)や万治高尾の供養塔(写真7枚目)があります。
          


              
              






