栢間氏館

栢間氏館([加納城  周辺城郭])

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栢間氏館の口コミ情報

2026年05月09日 マグロ常陸介祐平


野与党の武士、栢間氏の居館の推定地となります。風土記稿には、「元より栢間の名は、上古より聞えし地名にて、当国七党の内、野与党の系図に野与小太郎行基の三男を萱間六郎弘光と云ふ。其の子季平、其の男太郎季重を始とし、萱間氏の者数輩見えたり。今栢間と書きて、唱にはカヤマと呼べり。されば文字は違へど、同じく此の地名に依りて唱へしにや。又東鑑にも萱間左衛門次郎季忠、或は栢間左衛門次郎行泰と云ふ人見ゆ。世を以て推すに正嘉頃の人なり。其の内、左衛門次郎行泰は既に七党系図にも見えたれば、栢間の名古きこと疑なし。」とあり、この地が吾妻鏡に見られる栢間(萱間)氏の名字の地であると認識しています。栢間村の項に、内藤氏の陣屋や鳩井氏の古城蹟は載りますが、栢間氏の居館についての記載はありません。

幸福寺が居館の推定地とされています。遺構らしきは確認出来ません。山門付近が高台になっていますが(元荒川の自然堤防跡?)、緩やかな傾斜があり、高台を居所とするよりも本堂のある元荒川の堤防の外側が相応しいように感じられました。

幸福寺はWikipediaによると建久6年(1195年)源頼朝の開基で、塔頭の大御堂は北条政子が頼朝の菩提を弔う為に建立したとしており(風土記稿では天台宗から曹洞宗に改宗した延徳元年以前のことは伝わらないとしている)、鎌倉幕府との繋がりを感じます。禅寺としての雰囲気はなかなかのお寺です。

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