川田谷陣屋
川田谷陣屋([三ツ木城 周辺城郭])
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川田谷陣屋の口コミ情報
2026年01月11日 マグロ常陸介祐平
牧野半右衛門康成が、徳川家康の天正18年の関東入国時に石戸領に5000石を賜り築いた陣屋です。何故か戦国期の城郭があった石戸ではなく、川田谷に陣屋を築き、石戸城の隣には家康の休憩施設として御茶屋御殿が築かれています。
康成の牧野家は同時期に大胡城主となる牛久保の牧野康成(同姓同名)の家来筋の家で、父定成は主家より先に家康に内通し、主家の家康帰順に貢献しています。康成の子の信成は、大阪の陣で櫓を破壊するなど活躍し、徳川忠長の改易で監査を務めると寛永10年(1633年)には1万石に加増され石戸藩を立藩、陣屋は藩庁となっています。正保元年(1644年)には1万7000石に加増され、関宿に移封しています。石戸領と陣屋は旗本として独立した信成の孫の永成に継承され、風土記稿の成立した江戸時代後期にも存続しています。なお、牧野氏は関宿から丹後田辺に移った後も鴻巣御殿近くの勝願寺を菩提寺としており、代々の墓があります。
陣屋場所は圏央道の桶川北本インターのすぐ脇で、遺構は消滅しています。跡地には牧野薬師堂が建っていますが、風土記稿の記載では、構の内に太神宮八幡の合社と稲荷弁天の合社があるとしており、関連は不明です。









