清戸番所
清戸番所([滝の城 周辺城郭])
滝の城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「清戸番所」の地図・口コミがご覧頂けます。
※「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。
清戸番所の口コミ情報
2025年12月22日 マグロ常陸介祐平
滝の城の説明板に「永禄7年(1564)の北条氏の清戸番衆交代命令状を見ても、清戸下宿に番所があって固めてあり、城の防備と密接な関係があったと推定される。」とあり、滝の城が番所とする説は否定された書き方で、下宿に含まれるこの地は推定地のひとつとされている場所となります。
説明板にある文書は、青梅市の和田家に伝わるもので、清戸三番衆に属した三田氏の旧臣41名が二番衆に代わり15日間清戸の番所に詰めるというもので、集合に遅れた場合は切腹を命じるといった厳しい内容も含まれています。寄親は三田治部少輔と師岡采女佑(五騎)、寄子は藤橋小三郎(三騎)以下各二騎を引き連れ在番したようです。筆頭の三田氏の騎馬武者の数は記されていませんが、騎乗の武士だけで百騎近くで、総勢300人以上の軍勢だったと思われます。
遺跡としての名称は「下宿強清水遺跡」で、現在は新座貨物ターミナル駅の構内となっています(写真1,2枚目)。発掘では中世の溝が検出されており、種別は「集落・城館?」と、集落は縄文時代のもので、中世の城館としては自信なさげな書き方となっています。おそらく数年間は300人程度が交代で常駐したと思われ、出土品に中世のものがほとんど見られないことから、番所としてはかなり怪しい感じがします。
清瀬市郷土資料館には、清戸三番衆状のレプリカが展示されており、清瀬の中世の説明文には、「この番所は、清戸という地名から現在の下宿地域を示す説、下宿地域と滝の城を含んだ一帯を示す説などがあり、現在のところはっきりしていません。」としています。
滝の城からは東に1km弱、思った以上に離れています。









