浅海屋敷

浅海屋敷([高坂氏館  周辺城郭])

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浅海屋敷の口コミ情報

2026年09月06日 マグロ常陸介祐平


島田村の開発者の浅海氏の館です。浅海氏に伝わる「浅海全録」によると、「浅海六郎の五代の孫にあたる浅海勘解由尉清安が、秩父から天文6年に入間郡の越辺川沿いに移住した。この地は上杉氏の家臣で松山城主の難波田弾正の領地で、赤沼出身の修験者の西藤本学や秩父から移ってきた市川丹六にその他7名が加わり、75町歩を開拓、清安分として5町歩を開拓した。」とあり、その後北条氏の家臣上田能登守の領地となったあとも変わらずこの地に定着しています。難波田氏や上田氏の家臣ということではない、有力な有姓百姓のように思われます。

先祖の浅海六郎は、山口県柳井市の平群島にある平見山城主浅海政能の子で、太平記にも名が見られる六郎重通のようです。浅海氏は、河野一族で、名字の地は愛媛県松山市浅海とされ、重通以降も戦国期まで平群島にあったようですので、子孫の中から秩父に流れ着いたものがいたということでしょうか。「そこに城があるから」さんのサイトによると、浅海氏では清安は武田信玄に仕えていたと伝わるようです。また、過去帳には「村上義清落人」とも記されているとのことでした。秩父に入る前に甲斐もしくは信濃に居住していたのかもしれません。

屋敷の周りを西側を除き水路が流れており、水堀の痕跡かもしれません。西側の2軒隣りのお宅の庭には遠目に土塁と空堀らしき構造が見られますが(写真は撮れません)、周囲をめぐる水路とは整合していないように感じられました。

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