平山氏陣屋
平山氏陣屋([高坂氏館 周辺城郭])
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平山氏陣屋の口コミ情報
2026年04月20日 マグロ常陸介祐平
登録城である檜原城主平山氏の家臣、平田氏の館です。小田原衆所領役帳によるとこの地(小山村)は檜原城主の平山長寿(伊賀守氏重)と弟の綱景がそれぞれ16貫数百文の所領を持ち、管理は現地の平田氏に任せていたようです。風土記稿の旧家者勘次郎の説明には、「先祖を平田肥前守といい、名家の平山伊賀守に仕えていた。肥後守が手にしていた刀を一振所蔵しているが、銘の有無は確かめられない。その他、北条氏照が平田の冤罪について主の伊賀守に与えた書状を所蔵している。これによれば、平田氏が古くから当所に住んでいた事がわかる。」としています。文書は天正8年12月6日付けで、「北条氏照が平山伊賀守の知行地小山村で起きた家臣浜中氏と平田氏の訴訟について、処理を中山大炊助に命じたことを中山勘解由左衛門(家範)が平山伊賀守に伝えた」という内容のようです。浜中氏は日の出町の武士で、檜原との繋がりを感じさせます。
古い長屋門(写真1枚目)がある立派なお宅が該当地となりますが、外観からは遺構は確認できませんでした。敷地内には土塁や堀跡があるかもしれません。長屋門の脇には板碑群(写真2枚目)があり、古くから平田氏が居住していた可能性を感じます。北側に隣接する入西神社の先は段丘となっており、それらしさを感じます(写真3,4枚目)。
2025年06月07日 いれぶん武蔵守
永禄2年(1559)の北条家分限帳には次のように記載があります
他国衆平山長寿、16貫238文
武蔵国入西郡小山・平山・桧原
他国衆平山善九郎、16貫700文
武蔵国入西郡平山分
平山氏陣屋はこの両者のどちらかの館跡だと思われていますが確定してません。長寿と善九郎については、それぞれ伊賀守氏重とその弟の綱景とされています
長屋門は江戸時代以降のものですが、歴代の板碑(貞和2(1346)年〜康正2(1456)年の物)があり、平山一族の栄香を今に伝えています。この板碑は屋敷北西の土盛の一部を崩した時に出土し、その為に土塁と考えた残った部分は手をつけずに保存されています









