河村氏陣屋
河村氏陣屋([田波目城 周辺城郭])
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河村氏陣屋の口コミ情報
2026年03月25日 マグロ常陸介祐平
旗本河村氏の陣屋です。河村氏は相模の波多野氏の一族河村義秀の子孫で、重勝の代に大坂の陣に参戦し、後に大番から大番組頭となっています。知行地は武蔵国足立郡、入間郡、幡羅郡で500石で、父重信の代かもしれませんが家康の関東入国時に陣屋は築かれたものと思われます。
陣屋は、稲生氏の陣屋から西に250m程の西福寺(河村氏との関連は不明)の南側とされています。現在は住宅地となり遺構は残っていません。西福寺の背後には高麗川が流れており、要害性は感じられます。風土記稿には河村某陣屋跡として記載されていますが、稲生氏の陣屋と同じ辺にあり、六反二畝の地にして今は概ね畠となっているとあり、江戸時代後期には遺構は失われていたようです。重勝は、本人が開基した村内の重勝庵に葬られたようですが、重勝庵に関してはどこにあるのか(あったのか)調べても分かりませんでした(風土記稿には記載あり)。重勝の娘は、お隣の稲生正信の子で長崎奉行を勤めた正倫に嫁いでいます。









