元屋敷
元屋敷([田波目城 周辺城郭])
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元屋敷の口コミ情報
2026年03月22日 マグロ常陸介祐平
慈眼寺の北側が該当地となります(元屋敷遺跡A)。元屋敷という地名から、屋敷があったと推測されますが、付近には元屋敷の他、三ツ木屋敷や三ツ木館などの居館がありますが、先人様が口コミや位置登録をされているので、場所探しは楽にでき、情報もあるので助かります。位置登録されている場所で農作業をしていた方にお伺いしたところ、「地名としては元屋敷だが、屋敷があったとの伝承はない」とのことでしたが、地名は正直なので、何かしらあったのではないかと思います。発掘調査では元屋敷地区には、中世の集落が存在していたことが確認されています。
隣接する慈眼寺の石碑には、扇谷上杉氏配下の在地勢力者が開基したと考えられると記されています。墓域には中里姓と吉澤姓が目立ちますが、中里氏は享徳年間の板碑を有する旧家、吉澤氏は鶴ヶ島市のデジタル郷土資料にも帰農した武士として吉沢兵部の名が見られます。屋敷との関係は不明です。
2025年12月27日 東堤北星
慈眼寺裏手から三ツ木屋敷の直ぐ側までの広範囲を有していた屋敷跡です。この地域は小規模な武士団が数団いたそうで、元屋敷もそのどれかの居館だったと考えられます。
伝承の類は一切無いため、詳しい歴史や城主などは全くもって不明であり、「元屋敷」と言う名称も『鶴ヶ島市遺跡地図』および地名でのみ確認できます。『文化財総覧』にも掲載はされていましたが、城館ではなく縄文時代の炉穴跡としてでした。現地では、慈眼寺付近の雑木林に土塁や空堀らしき遺構を確認できます。
なお、『鶴ヶ島市遺跡地図』によると、慈眼寺裏手が「元屋敷遺跡A」、三ツ木屋敷北側が「元屋敷遺跡B」と別々に登録されていますが、おそらく同じ物件だと思われます。リア攻めマップのアイコンはA遺跡に置いています。
なお、元屋敷=三ツ木屋敷の可能性もありますのでその点は留意してください
見学の際はA遺跡のほうが土塁や堀が分かりやすく、B遺跡よりは見応えがあります。一方、B遺跡は特に遺構は残っていないですが、三ツ木屋敷跡に隣接しているので見学の負担が軽いです。現状ただの畑ですけどね。ちなみに、写真はB遺跡です。









