五味屋敷

五味屋敷([中山家範館  周辺城郭])

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五味屋敷の口コミ情報

2025年07月24日 マグロ常陸介祐平


ゴミヤシキと読みます。インパクトのある名称ですね。江戸時代の旗本五味氏の陣屋の推定地です。五味氏は寛政重修諸家譜によると、山内但馬守盛豊の五男の山内某(法眼)が、尾張国岩倉から甲斐国へおもむき武田信玄に仕えることに始まります。山内家の主な系図にはみえませんが、真実であれば一豊公の弟となります。某の子の政義は、信玄の命により五味常運の名跡を継ぎ五味を名乗り、武田家が滅亡すると家康に仕え、小田原の役では、御槍奉行を勤めています。天正18年(1590年)政義が亡くなると、その子の豊直が武蔵国高麗郡のうちにおいて670石を賜ります。おそらくこの時に陣屋が築かれたものと思われます。豊直は、御所の造営、福島正則改易時の使者、知恩院の山門経堂の造営に活躍し1070石に加増、従五位となり京都代官(郡代)に就任しています。旗本の江戸定住により、早い時期に陣屋は廃されたと思われます。職歴を見ると、この屋敷に居たことはほとんど無いように考えられます。五味本家は豊直の孫の豊廣が亡くなると断絶になりますが、分家は数流が続いており、分家の中には山内の姓に復した家もあります。

推定地は、東光寺というお寺が建ちますが、明確な城郭構造は見られません。郭状の平地や切岸状の加工は見られますが、台地の縁にあるお寺はどこも同じような構造です。

お寺には、五味豊旨(豊直の子で京都代官を引き継ぐ)の家臣43名が豊直の遺徳を偲んで奉納した梵鐘や豊直の供養塔があります。

また、西に300m程にある龍円寺(写真8枚目)は、旗本市川氏の陣屋跡との伝承があるようですが、それらしい市川氏は調べることが出来ませんでした。

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