村田氏館

村田氏館([毛呂氏館  周辺城郭])

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村田氏館の口コミ情報

2026年03月28日 マグロ常陸介祐平


風土記稿の滝野入村の項に、「旧家者和藤次・代々名主を勤む、大野を氏とす。北条の後胤と伝へて系図を所蔵せり。是を見るに、平氏国より北条久太郎氏宗、安房守氏重、大炊助照重或は民部とも云、照重より佐渡守序重、玄蕃福重、五郎兵衛政成、利兵衛積重と続き、是より今の和藤次に至り九代なり。大炊助照重は小田原北条氏直に仕へ故ありて氏直より大野を名乗るべき由の命あり、故に大野を以て苗字とす。其頃は小田原に居りしが何の頃か武州八王子に移住し、夫より又当郡の内毛呂郷平山村に移り屋敷を構え居住せしが、又そこをば村田和泉守と云ものに譲りて佐渡守代に今の村に来住して和藤次に至る。平山村には堀の内屋敷とて今屋敷跡あり。前に云系図誤多きものにて信じがたけれども伝のままを出す。文書一通を蔵せり。天正十八年七月五日、大野佐渡守重久は、大野玄蕃に判物を与え、松田尾張守逆心により誅され、明日一戦をするとの行為を褒める。此文書の名佐渡守は玄蕃の父なるべけれども名乗異同あり疑し」とあり、系図は疑わしいものの北条氏の後胤と伝わる大野氏の館に、後から村田氏が住んだとしています。風土記稿の滝野入村の項には、村田和泉守は家康の関東入国後に上野国から来て住んだとしていることから、北条氏の滅亡を境に館主が入れ替わったことになります。北条氏の所領役帳によると、平山の地は他国衆の平山善九郎16貫700文となっており、大野氏は平山氏の寄子ということでしょうか。

なかなか遺構が見える場所が見つからず、西側の集会所の隙間から覗かせていただきました。遺構としては、高さは低いものの土塁がL字形に残っています。また、今回確認出来ていませんが、北側にも一部が残るようです。方形単郭の館と思われますが、広さを感じます。150m程西には、斎藤氏の館があります。

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