榎堂
榎堂([毛呂氏館 周辺城郭])
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榎堂の口コミ情報
2026年04月27日 いれぶん武蔵守
〜流鏑馬ゆかりの旧跡を訪ねる〜
榎堂
毛呂本郷の宿を貫ける街道筋を進むと、一本の大榎が目に映ります。十一月三日の流鏑馬当日、夕的出陣の際に祭馬一行は、大榎を回り神社へと向かいます。
この地は榎堂と呼ばれ、鎌倉幕府を開いた源頼朝の側近として活躍した毛呂郷の領主・毛呂季光の墓所があった場所と伝えられています。江戸時代の享保年間、毛呂本郷の旗本仙石采女は、飢餅に苦しむ領民の姿を目の当たりにし、大黒天の分身霊石を支援の空洞に安置させ、領民はこの大類を御神水とし、精進に励みました。
すると毛呂本郷は大榎とともに繁栄し、領民たちは霊験の証として新たに大黒天を祀ることとしました。これが甲子大黒天の始まりだといわれています。
大黒天とともに毛呂本郷の歴史を彩る聖地榎は、出雲伊波比神社のやぶさめにとっても重要な場所となっています。
平成二十二年九月
かつての毛呂本郷の街道と榎堂
毛呂山町教育委員会
(案内看板全文)
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案内看板記載の通り、榎堂は幕府の立役者の一人であった毛呂季光の墓所とされる他、少なくとも本人と嫡男季綱の代の館があった所であろうと推測されていますが、決定的な遺構・遺物が見つかっているわけではありません。毛呂顕季によって山根城が築かれる前までの本拠地と目されているだけです。
甲子大黒天や周辺旧家の屋敷門・黒板塀等は、確かにこの地の中心地であった風情をかんじさせます。









