高取山城
高取山城([毛呂氏館 周辺城郭])
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高取山城の口コミ情報
2026年03月30日 マグロ常陸介祐平
越生氏の詰め城とされ、風土記稿では「越生四郎左衛門屋敷跡」として長文で紹介されています。越生氏は、入西三郎大夫資行の子の越生三郎有行を初代とする児玉党の武士で、吾妻鏡では生越氏として頼朝上洛の随兵や宇治川の合戦にその名が見られます。また、屋敷の名前の越生四郎左衛門は、太平記で北畠顕家を討ち取った武士として登場します。地元法恩寺に伝わる文書(主に寄進関係、前田利家の禁制も)によると文明18年(1486年)を最後に中世越生氏の名は見られなくなります。風土記稿では、今に於いては正しい子孫もなく、且つ確かな家系も伝わらないとしており越生氏の戦国期の動向派不明です。お城は戦国期のものとする見解もあるようですので、文献に残らない越生氏が関連したのか、越生氏に変わって戦国期に法恩寺の文書に現れる難波田正直、善銀などが関係したのかもしれません。
お城へは、居館跡ともされる越生神社の背の登城口から登ります。つづら折りの山道を登ると10分も掛からずに主郭に到達します。主郭には越生神社の奥社が建ち、西に向かって2郭、3郭と段々に郭が並びます。3郭の南側には横堀があり、横堀が途切れる場所からは薄めの竪堀が確認出来ます。3郭の先にはハイキング道の分岐点となっていますが、その先は尾根道となっており、堀切の跡のようにも感じられます。
越生神社は居館跡としてGoogleマップに位置登録もされていますが、当の越生神社の説明板には東に200m程の絹会館が立つ一画が居館跡としています。近隣の同族岡崎氏や黒岩氏の居館が山の斜面近くに築かれていることから、個人的な感想ですが、越生神社付近が居館のような印象です。
2021年02月16日 eiki
東武越生駅の西側に連なる大高取山から東に延びる尾根の173メートルの峰の上に築かれていた城、麓に鎮座する越生神社から急な山道を登ると奥の院がある山頂に到ります。ここが本郭跡、回りに竪堀2本、二郭、三郭が確認できます。この地域を治めた越生氏の詰めの城として築かれた山城で山の急峻が要害性を高めていることを感じることができます。ここから約20分山道を奥に入ると幕岩展望台があり越生氏の領地が一望できます。









