仁田山城

仁田山城([桐生城  周辺城郭])

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仁田山城の口コミ情報

2026年02月20日 マグロ常陸介祐平


平安時代後期にこの地を領有した山田七郎平吉之の子孫により南北朝時代に築かれ、観応2年(1351年)山田筑後守則之の時に桐生国綱により滅ぼされたとされます。その後この地は将軍足利義政より二階堂行旨に与えられ、家臣の里見(仁田山)蔵人家連が守ったとも、里見義連の子の氏連が桐生国綱の娘を娶り仁田山城を任されたともされるようです。天文24年?、上杉謙信により仁田山城は落城したとされています。仁田山城については、複数の軍記物に表れていますが、内容は統一されていません。

県道駒形大間々線を少し入った石尊山登山口が、入城口となります。入ってすぐに削平地がありますが、麓の居館の一部のようです。削平地の手前から登城路があり、3合目の赤い鳥居まではつづら折りの急斜面となっています。この区間は大量の落ち葉で滑りやすく危険な状態で、登山路を避け枝を掴んで脇を登らないと進みづらい箇所もあります。鳥居を過ぎるとやや勾配のきつい尾根をひたすら進みます。こちらも地肌が滑りやすい乾燥した土となっており、立ち枯れした木も多く、細い木や枝は掴むと折れるので注意が必要です(植林された東斜面の杉は何故か枯れていない)。

比高240mを恐る恐る登った為、40分かけて本丸手前の段曲輪の切岸に到達、手前の曲輪には鐘と不動明王像、石祠が見られます。本丸手前には薄い堀切、その先は本丸、二の丸、三の丸と、それぞれの曲輪を深い堀切で仕切るわかりやすい連郭式の山城となっています。各曲輪はきれいに削平され、二の丸の西側には土塁状の土盛りが見られます。それぞれの堀切も鋭く、単純な縄張りですが見応えはありました。

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