赤堀長良神社
赤堀長良神社([館林城 寺社・史跡])
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赤堀長良神社の口コミ情報
2025年03月22日 マグロ常陸介祐平
赤堀長良神社(写真8枚目)は、創建等よく分かりませんが、大蛇伝説があることから藤原長良が退治した大蛇を十八等分して分けた長良神社の分社かもしれません(ここでは橋の建設での人柱に関する伝説,写真7枚目)。長良神社は、赤井氏(佐貫氏)と関連の深い神社で、館林を本宮として周辺に数多く見られます。
神社の西側には土塁状の土盛りがあり、虎口状に開口部も見られます(写真1,2枚目)。土壇上に建つ社殿の周りには空堀状の溝も見られます(写真4,5,6枚目)。また、神社の東側にも土塁状の土盛りがあります(写真3枚目)。嘗ては西側の土盛りの外側を大蛇川という川が流れていたとされており、ハッキリとした縄張りは描けませんが、城郭的な雰囲気を感じます。
青柳城主赤井照光が享禄2年(1529年)、赤堀に橋本館を築き橋本新蔵(赤井七騎の一人)に守らせたとされており、構造物は橋本館のものかもしれません。橋本館には、幅10m以上の外堀があるとのことですが(広報おうらNo.609)見つけられず、自信がないので神社として位置登録させていただきました。
また、館林記に元亀元年(1570年)赤井氏老臣諸野因幡守一味赤堀伝右衛門とあり、諸野因幡守は青柳城主赤井但馬守家範の家臣のようですので、地理的にもこの地が赤堀氏の名字の地と思われます。館林盛衰記にも赤堀氏は見られるようですので、戦国時代の後半に、この地に関係する武士がいたのは間違いなさそうです。