藤川城
藤川城([鶉古城 周辺城郭])
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藤川城の口コミ情報
2026年02月24日 ぶん
群馬県邑楽郡邑楽町にある**藤川城(ふじかわじょう)**は、戦国時代に小泉城(大泉町)の支城として築かれた平城です。
現在は住宅地や農地となっていますが、邑楽町内の中世城館跡の中では比較的遺構が残っている部類に入ります。以下にその歴史や特徴をまとめました。
1. 歴史と由来
築城時期: 大永年間(1521年〜1528年)頃と伝えられています。
築城主: 小泉城主・富岡秀光(富岡氏2代目)が、隣接する佐野氏(唐沢山城)への備えとして、重臣の小林義知(こばやしかわちのかみよしとも)を配して築かせたのが始まりです。
役割: 当初は砦のような規模でしたが、後に拡張され、本郭のほか「寺郭」「八幡郭」などが並ぶ城郭へと整備されました。
廃城: 天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐で後北条氏が滅亡した際、主家である富岡氏とともに廃城となりました。
2. 城主・小林氏について
城主を務めた小林氏は、廃城後もそのままこの地に土着したとされています。現在も周辺にはその末裔とされる方々が居住しているといわれており、地域の歴史と深く結びついています。
3. 現在の遺構と見どころ
藤川城は、四角形の形をベースに、北東(鬼門)の角を落としたような形状をしていたと考えられています。
堀と土塁: 北側から北東部にかけて、幅約5m、深さ約1.2mほどの空堀跡と、それに伴う土塁が確認できます。
現状: 城跡の多くは私有地(宅地や屋敷林)となっており、公園のような整備はされていません。案内板や標柱も設置されていないため、一見すると普通の林や古い屋敷のように見えます。









