矢場城

矢場城([新田金山城  周辺城郭])

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矢場城の口コミ情報

2026年02月18日 マグロ常陸介祐平


新田(岩松)家純の重臣横瀬国繁の弟の矢場惣左衛門国隆から始まる、矢場氏のお城(居館)です。Googleマップには、矢場城として位置登録されていますが、遺跡名としては本矢場城として200m程東にある本矢場城と同じ城の扱いとなっています。

お城から北に300m程には、矢場氏の菩提寺で国隆の子の植繁が永正17年(1520年)に建立したとされる恵林寺があり、墓域には40基以上の墓が整然と並んでいます(写真7,8枚目)。ややこしい事に恵林寺の説明板には、寺の南側には本矢場城、南東に1.5kmの足利市新宿町(旧矢場川村)に矢場城があったとし、太田市のHPには恵林寺の南側に矢場城があったとしています。

また、この口コミの矢場城は別名を相場屋敷とされており、勝手な推測ですが本矢場城の一画に、近世以降相場氏が居住したことにより別のお城(屋敷)として扱われるようになったのではないか思われます。現在も矢場城のすぐ北側には相場氏がお住いです(珍百景で紹介された個人のバラ園があるが営業している雰囲気はなかった、足利長尾氏の旧臣の家系?)。

お城は「矢場町平地林」として公園化されています(写真1枚目)。浅い堀状の溝(写真2枚目)や深い水堀状の構造(写真3枚目)、土塁状の土盛りや段差(写真4,6枚目)、西側には水堀の痕跡とも思える用水路が見られますが(写真5枚目)、位置関係はバラバラで縄張りを想像するのは困難でした。本来は二重の堀に囲まれた構造だったようです。

2026年02月13日 ぶん
​矢場城の概要
​矢場城は、戦国時代にこの地域を支配した矢場氏が、**いざという時の防御拠点(詰の城)**として築いたものです。
​所在地: 栃木県足利市新宿町(しんしゅくちょう)
​形式: 平城(ひらじょう)
​築城者: 矢場国隆(やば くにたか)
​築城年代: 永正年間(1504~1521年)頃
​地理的な特徴と役割
​1. 天然の要塞
​城の東側を矢場川が流れており、これが天然の堀の役割を果たしていました。そのため、北側や西側に土塁や堀を築くことで、敵の攻撃を防ぐ構造になっていました。
​2. 本矢場城との連携
​本矢場城(太田市): 普段の生活や行政を行う「根古屋(ねごや)」。
​矢場城(足利市): 戦闘時に立てこもる「詰の城」。
​敵が襲来した際は、本矢場城から矢場城へ逃れ、防戦したと考えられています。
​現在の様子
​現在は市街地化されており、城としての遺構はほとんど残っていません。
​城跡の現状: 住宅地や田畑になっています。
​碑・看板: 城跡を示す案内板などは設置されていないことが多いため、地形の高さや川の流れなどから当時の姿を想像する必要があります。

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