木部城

木部城([山名城  周辺城郭])

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木部城の口コミ情報

2026年07月07日 マグロ常陸介祐平


源範頼の子孫とされる木部氏のお城です。15世紀後半には関東管領上杉顕定の重臣として木部隼人佐が活躍した記録が見られ、戦国期になると近隣の寺尾氏と同様に箕輪城の長野氏に属し、木部範虎は業正の娘を娶り重臣となっています。長野氏が滅びると武田氏に従い、天目山の戦いで勝頼が自害した際には多くの家臣が離脱する中、共に自害したとされます。

範虎の子の貞朝は、武田氏滅亡後に滝川一益、後に北条氏に仕えたとされ、貞朝が亡くなると弟の直高が跡を継ぎ、直高の子の直時(後の直方)の時に200石の幕府旗本になっています。寛政譜では、小野姓ながら源範頼の子孫とし、直方は幼い頃に父に先立たれ遠江国浜松に住み秋葉山の先達の叶坊で養育されたとあり、上野の木部氏との関係は記述されていません。木部氏の本流は庄八郎直年の代に罪があり改易となりますが、庶流は生き残り、本国を上野としていることから、子孫と考えてよさそうに思われます。

お城の本丸付近とされる場所は住宅地と畑になっており、明確な遺構は確認できません。「堀之内組氏子中」の石柱(写真1枚目)がお城を感じさせ、畑には堀跡に見えなくもない箱堀状の窪みが見られますが(写真2枚目)、思い込みでしょうか。また、やや微高地にもなっているように感じられます(写真3枚目)。

Googleマップの木部城跡の登録地から北東に200mほどにある木部氏の菩提寺心洞寺(写真4枚目)もお城の一部とされ、山門の両脇には土塁が見られます(写真5枚目)。土塁の西端部分には、木部範虎の墓(写真6~8枚目)と重臣で、この地に帰農して名主となった須川氏の墓があります。

余談ですが、範虎の妻となった長野業正の娘(木部姫・長野姫)は、武田氏に攻め込まれた際に榛名湖に入水し、龍の化身になったとの伝説があり、湖畔の御沼龗神社の境内には範虎妻と腰元の供養塔と、似たような伝承のある埼玉蕨城の渋川義行夫妻の顕彰碑があります。

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