寺尾中城

寺尾中城([山名城  周辺城郭])

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寺尾中城の口コミ情報

2026年06月06日 マグロ常陸介祐平


茶臼山城と同様に新田氏の初代義重が、頼朝の平氏打倒の挙兵の際に籠ったお城との説があります。新田氏本宗の拠点に近い新田荘寺尾城が有力と思われますが、近くの永福寺には義重の墓があったします。

伝説の域を出ませんが、南北朝統一後の応永5年(1398年)になると後醍醐天皇の孫にあたる尹良親王が拠り、新田一族の世良田政義の支援を受けて挽回をはかるも応永19年に平井城主上杉憲定により落城し、親王は信州諏訪に逃れたとされています。

現地の説明板によると、「あまり手の加えられていない郭と堀切で構成されるため、南北朝期の特徴を示す城として評価されていますが、主城北西側には、枡形状虎口が築かれるなど後世の改修と判断される遺構も残されています。」としており、寺尾上城(乗附城)、寺尾中城、茶臼山城、山名城で構成される早い時代から戦国期まで使用された城郭群ということだと思われます。

お城には、観音山ファミリーパークから、柵を開けて入ります。城域は東西780m、長く伸びる尾根を利用したお城で、ハイキングコーストなっており、薮を漕ぐことはありません。コースに入るとすぐに切り通しがありますが、堀切を利用したものです。その先のを登ると主郭となり、南側のコースを進むと薄い堀切を挟んで2郭、3郭があります。2郭と3郭は立ち入り禁止のようで、脇を進みます。3郭を過ぎると薄い堀切があり、土橋(細い尾根道)を渡ると4郭となり、その先が5郭となります。

主郭から先の堀切は全て薄めで、城域は広いものの自然地形を利用した土木量の少ないお城でした。南北朝期のお城の特徴ということですが、お城の年代は難しいですね。説明板にある枡形状虎口は、どこを指すのか分かりませんでした。

南コースの途中に鐘がありました。幸福の鐘かと思いきや、イノシシや鹿よけのものでした。イノシシ注意です。

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