権田城
権田城([坂本城 周辺城郭])
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権田城の口コミ情報
2026年09月01日 マグロ常陸介祐平
説明板によると、権田淡路守の居城といわれ、はじめは箕輪の長野氏に属していたが、後に武田氏に支配されたとし、永禄7年(1564年)頃、真田幸隆が岩櫃城を攻めた時には大戸城主大戸真楽斎と舎弟の権田城主大戸(浦野)但馬守重勝は幸隆に降伏し、人質を出したとしています。お城の南方街道(国道406号線)に面して権田城の抱え刀工権田住政重の屋敷があり、武田軍が西上州に侵入した際には、真楽斎が舎弟の重勝を通じて政重の鍛えた矢の根200本を武田軍に献上しています。
お城は小栗上野介の墓がある東善寺から北に500m程の高台に位置しています。最上部の主郭に標柱と説明板が設置され、北側には空堀が見られます。標柱の右側には土塁が残り、説明板には北西に珍しい笹郭(笹の葉のように小さい郭)があるとありますが、薮で分かりませんでした。主郭の南側下段に2郭と3郭があり、主郭と2郭の間には空堀があるとしていますが、よく分かりませんでした。お城の東側は谷で横堀から下って竪堀となる自然地形を利用した堀の役目をしており、谷の東側には土塁も見られます。お城は、高崎市の史跡に指定されています。









