庭谷城
庭谷城([富岡城 周辺城郭])
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庭谷城の口コミ情報
2026年02月03日 マグロ常陸介祐平
小幡氏の重臣庭屋氏のお城です。系図では、厳島(藤原)親実の子孫とされ、直尹の代に安芸から相模に下向し先祖の苗字庭屋を名乗り北条早雲に仕え、孫の安芸守直澄が北条氏康の諜報活動の為、天文20年に庭谷城と西牧根小屋城を築いたとされています。直澄の子の右衛門直元が根小屋城主、弟の左衛門尉兼行が庭谷城主となったようです。埼玉苗字辞典では、関東幕注文の下野足利衆の小幡次郎は、神成城の小幡次郎景高ではなく、生島足島神社の起請文に「小幡左衛門太夫兼行」と見られる、小幡姓を許された庭屋兼行ではないかとしています。お城は天正18年の小田原の役に際し、国峯城とともに落城したようです。
お城は鏑川の20mの断崖を背後に、南側には比高差15mの沢が流れる要害の地で、規模は東西80m、南北140m程となります。赤城神社が鎮座する約40m四方の本丸には川と面した東側を除き三方に土塁が残ります(写真1~4枚目)。本丸を囲む二の丸は、近年まで南と西に堀が残っていたようですが、埋められてしまったようです。北側の堀は、建設会社の駐車場になんとなくそれらしい痕跡が見られました(写真5枚目)。
近くの如来堂境内には鎌倉時代末期から室町時代初めにかけての特徴が見られる六基の五輪塔があり(甘楽町指定文化財)、系図とは辻褄が合いませんが庭屋氏代々のものと伝わっています(写真7,8枚目)。









