三ツ山城
三ツ山城([真下城 周辺城郭])
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三ツ山城の口コミ情報
2025年12月26日 河堤北星
長井政実の拠点の一つであったとされる山城です。正直この城は山の麓にある浄法寺館に関連する城なので内容は被ると思います。
三ツ山城は、元々南北朝期に浄法寺重保が築いた城でした。しかし、浄法寺氏は重保の6代後の浄法寺李重の頃に陸奥へ遷ったとされています。この際、三ツ山城および浄法寺館は一旦空城になったと考えられます。
その後平沢忠実が浄法寺館を居城とし、三ツ山城も平沢氏(長井氏)の城となりました。忠実の後継である平沢政実(後に長井政実に改名)は浄法寺館を居城に御嶽城と三ツ山城を守り戦乱の世を過ごしています。最終的に北条氏の侵攻に抵抗し、越後の上杉氏のもとへ落ち延びました。
小田原の役で北条氏が滅びると、政実(または子の昌繁)は浄法寺館及び三ツ山城城主に復権しました(御嶽城は廃城となった模様)。同年、政実は子の三ツ山信実に主を譲りました。
江戸期になると三ツ山信実は徳川家の御家人となりました。しかし、妻子を江戸に差し出さなかった為に改易となり、播磨に流されたそうです。(多分三ツ山氏も居城は浄法寺館の方だったとは思いますが…)
ちなみに、長井昌繁は下総に所領を移したそうです。なお、三ツ山城復権の頃の長井氏および三ツ山氏については複数の説がありますので鵜呑みにしないよう注意してください。
現在跡地は山林となっています。山城らしく遺構は木々に覆われていますが、土塁や空堀の跡がいくつか残っています。私が訪問したときは曇天の上夕方だったので写真は暗すぎて使い物になりませんでした…
城郭基本情報
名称(よみ) 三ツ山城(みつやま)
通称・別名 なし
所在地 群馬県藤岡市浄法寺
問い合わせ 藤岡市
分類・構造 山城
天守構造 なし
築城主 浄法寺重保
築城年 観応2年(1352)
主な城主 長井忠実、政実
廃城年 江戸初期
遺構 堀、土塁
指定文化財 なし
跡地 山林
おすすめ度 ★★★☆☆
見学所要時間 40分
服装目安 しっかり









