神保館
神保館([奥平城 周辺城郭])
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神保館の口コミ情報
2026年03月15日 マグロ常陸介祐平
辛科神社付近が館となります。館の主である神保氏は、吾妻鏡の宇治川の合戦の中に神保与三の名が見られ、神保の地名は辛科神社の所領だったことに由来していることから、古くからこの地に住み着いた一族のようです。室町時代にも足利義詮御教書案に佐々木道誉に抵抗する武士として神保太郎左衛門尉の名が見られ、上杉謙信の関東幕注文には白井衆として神保兵庫助、武田信玄の生島足島神社の起請文には長根衆として神保小次郎昌光の名が記されています。武田氏滅亡後の動向は不明のようですが、神保氏は辛科神社の神職として、その後もこの地に居住しています。神保氏は、戦国期になると台地上に神保植松城を築いています。また、鎌倉時代から畠山氏に仕え、室町時代には越中・能登・紀伊などの守護代を務めた神保氏の出身もこの地とされ、家紋の竪二引両も同じです。
明確な遺構としては、辛科神社の北東側の道路の先に僅かですが土塁と空堀が見られます。道路自体も堀切の跡のように感じられますが、土塁はこの道路で止まっているので微妙な感じです。









