長根陣屋

長根陣屋([奥平城  周辺城郭])

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長根陣屋の口コミ情報

2026年02月10日 マグロ常陸介祐平


奥平信昌は長篠の戦いで活躍し、家康と正室築山殿の長女亀姫を娶ります。亀姫の産んた亀松丸は天正16年に外祖父家康の養子となり、松平の姓と偏諱を許され松平家治を名乗っています。家康が関東に入国すると奥平の苗字の地に近い長根の地に7000石を拝領、廃城になったばかりの長根城を使用せず、長根陣屋はこの際に築かれたものと考えられます。近隣の白倉氏や小串氏は、お城とは別に居館を麓に設けているので、長根衆の居館を利用したのかもしれません。同じ頃に実父信昌は付近の小幡(宮崎)に3万石で入っています。

家治は14歳で早世し絶家となりますが、弟で同じく家康の養子となる忠明(忠の字は秀忠の偏諱)が長根7000石を引き継いでいます。関ヶ原の戦い後の慶長7年に1万石を加増され、三河作手に移封となると、長根陣屋は廃されたようです。忠明はその後、大阪城主、姫路城主と加増を重ねています。

Googleマップに長根館跡で位置登録されていますが、遺跡名の長根陣屋という表現が適切と思われます。また、マッピングぐんまでは長根城となっており、遺跡内容は台地上の長根城と全く同じ内容となっています。

陣屋は下仁田街道沿いとなります。街道沿いということと、早い時期に廃されたこともあり遺構は残っていないようです。民家の周りを用水路が流れており、堀跡のようにも感じられますが、7000石の陣屋としてはマッチしていないように感じられます。想像するに、天正期に建てられた家康養子の陣屋とすると、それなりにゴージャスで、土塁と堀に囲まれた比較的規模の大きいものだったのではないでしょうか。

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