大室城
大室城([大胡城 周辺城郭])
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大室城の口コミ情報
2025年11月07日 マグロ常陸介祐平
築城時期は不明のようですが、近くに藤姓足利氏の一族大室氏の城とされる大室元城が存在することから、初期には大室氏が居城したのかもしれません。15世紀後半には、白井長尾氏の支城となり、天正期には長尾氏の家臣牧弾正(白井城に近い旧子持村北牧が本貫)が城代を務めています。天正13年(1585年)家臣の牧弾正に叛意ありと知った長尾政景は、小田原から鷹狩にことよせ、大室城に立ち寄り、牧弾正親子を誅したと伝わるようです。出典は近代に成立した上州故城塁記で、猪俣文書では大室城ではなく多留城主の牧和泉守(弾正の子)を富永能登守(後の猪俣邦憲)が討ち取ったとしているようです。現地説明板では、天正18年の北条氏没落と共に廃城となったとしていますが、慶長6年(1601年)に酒井重忠が厩橋(前橋)城主になると、大室城を支城とし、家臣の石川氏を置いたとの説もあるようです。
説明板の縄張り図によると、東側を流れる東神沢川と南側の西神沢川の一部を外堀代わりとし、観昌寺なども城域に含む、総構えに近い広大なお城だったようですが、今残る曲輪は、大室神社が鎮座する本丸と本丸東側の二の丸、本丸北側の櫓台(三の丸)となります。本丸には神社が建ち(写真1枚目)北側に土塁が見られます。櫓台とされる曲輪は(写真2~4枚目)、今は道路となる堀切で区切られ(写真5枚目)、西側に土塁、東側には二の丸の水堀の延長の堀が残ります。二の丸は、北側に土塁があり(写真6枚目)、本丸との境を除く北東南の三方を水堀が囲みます(写真7,8枚目)。水堀は中世のものという感じではなく、近世城郭的な雰囲気があります。
2021年06月24日 見城
大室城は、東神沢川と西神沢川の合流地点を自然要害として築城された平城で、本丸は北寄りに造られ、その北には櫓台がありました。築城年代は明らかではありませんが、15世紀後半に勢力を増した白井城主・長尾氏の支城となりました。
・本丸北西の櫓台跡
・二の丸北東の土塁と水濠
・二の丸土塁と左上奥は本丸、右奥は櫓台跡
・二の丸北の土塁と水濠
・本丸 高台の西大室神社から南を見下ろせる立地
・二の丸南の土塁と水濠
現在は公民館となっており、散策し易く、水濠は存在感があります。
2021年06月20日 ゆっくり春夏秋冬
大胡城から南東へ、直線距離で約3㎞くらいの位置にあります。本丸は現在、大室神社となっています⛩️北から東、南側にかけて、二の丸を囲むようにコの字形の水堀となっており、特に北側ではホタル観賞ができるという事からも、地域の方々に大切にされている様子がうかがえます。
西大室町公民館となっており車はその敷地に止められます。









