前橋藩刑場跡供養塔ならびに道しるべ
前橋藩刑場跡供養塔ならびに道しるべ([前橋城 碑・説明板])
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前橋藩刑場跡供養塔ならびに道しるべの口コミ情報
2022年03月02日 まー刑部卿
『前橋藩刑場跡供養塔は天文12(1841)年、当時の天川原村の68名の世話人により刑死者の霊を弔うため建てられました。揮毫は、現在も三河町にある養行寺の住職で当時書士として知られていた行妙です。
供養塔は、これまで道路の改修に伴って数回にわたって移動され元々は道路の北側、高架下付近にあったといわれています。
道しるべは安山岩の自然石を用いて、その正面に【南無阿弥陀仏】その右側に【寶暦五歳】(1755、左側に【亥十月吉日】とあり、その下に、【右 江戸みち 左 あ徒満道(あずまみち)】とあります。』
と説明板に書かれています。
前橋市指定重要文化財。
高架下そばに公園がありますが刑場跡を示すものは何もありません。また供養塔のある県道2号線は車の往来が多くよく渋滞しています。この道は前橋藩や沼田藩が移動する主要道だったそうです。現在、中央分離帯に松並木が植えられており当時一人刑死するごとに松の木を一本植えたということです。
駐車はパチンコ店のマルハンの広大な駐車場に停めました。