岡見城

岡見城([小坂城  周辺城郭])

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岡見城の口コミ情報

2026年07月29日 マグロ常陸介祐平


戦国期に県南地区で勢力を誇った岡見氏の名字の地に築かれたお城です。岡見を最初に名乗ったのは、鎌倉時代の武士相馬胤村の子の師房とされます。師房の子の師長が小田城主小田治久の子の邦知を婿に迎え代を重ねたとも、治久の次男朝義が岡見の地に移り住み岡見氏の初代となったともされ、新編常陸国誌では、清和源氏国井氏の子孫としているようです。また、小田成治の弟の義治や、小田政治の弟の治資が岡見を名乗ったともされているようです。

上杉氏の関東幕注文では「すわま(洲浜)」となっており、小田氏の庶流と考えて良さそうですが、出自を異にする数流の岡見氏が存在したのかもしれません。天正期に岡見一族が城主とされるお城は、岡見城(岡見某)・足高城(岡見宗治)・若柴城(岡見伝喜入道)・小池城(岡見内記)・牛久城(岡見治部大輔)・谷田部城(岡見主殿)・小坂城(岡見治房)・東林寺城(尾上某)とかなりの数があります。

岡見城は、本殿・西殿・八幡山・南殿の4つの独立した城郭で構成される城郭群となります。熊野那智大社文書に、応永2年(1395年)河内郡岡見郷、南殿三郎朝義の名が見られるようですので、小田治久の子とされる朝義が南殿に居城していた可能性があるようです。

今回、本殿のみを訪問しました。鉄塔近くの入口は、時期的な問題かもしれませんが、1m近い雑草が生えており、10m程かき分けて進むことになります。雑木林に入ったすぐに岡見城の石碑と岡見家之霊菩提供養塔が立っています。石碑の背後は、土塁に囲まれた単郭のお城の角部分で、南側を土塁に沿って少し進むと通行止めの柵があり、東側は土塁に伴う空堀が見られます。台地の端部で土塁は折れ、台地の下には池があります。本殿の郭の広さは、70m‪✕‬80m程のようです。

2020年10月11日 国府左京大夫城介


牛久周辺を治めた豪族・岡見氏の発祥の地

【歴史】
南北朝時代に小田治久の次男・邦知が岡見の地に封ぜられた際に、築城されたと考えられる。その後、岡見氏は牛久城を居城としたが、この岡見城も何らかの形で拡張は行われていた模様である。北条氏の滅亡と共に岡見氏も滅亡し、同時に廃城となったと思われる。

【遺構】
小野川に接する台地上に造られており、本殿・西殿・南殿という形で構成されている。
本殿には岡見城の石碑と岡見氏の供養塔がある。南北朝期の典型的な方形居館でおり、土塁に囲まれた主郭と、北側に二重の空堀がある。
西殿は、本殿から池を挟んで東側にあるが、私有地のため、遺構の確認はしていない。
南殿は、県道48号線を挟んで東側の台地上にあるが、工事によって、山肌が見えており、ここも遺構の確認はしていない。

【感想】
ほとんど整備が行われていないため、蜘蛛の巣が多く、倒木・倒竹がそのままとなっている。主郭内は完全に藪化しており、中に入ることは無理であった。しかし、主郭を囲む空堀や土塁は綺麗に残っている。
南殿は工事が行われており、貴重な遺構が破壊されてしまうのは残念である。

【アクセス】
牛久駅から「小坂団地」または「牛久浄苑」行きに乗り、岡見会館入口で下車し、徒歩10分。
バス停から国道408号を西に300mほど歩くと、民家の片隅に「岡見城入口」の石碑があるので、そこを曲がり、しばらく歩くと、ビニールハウスがあるあたりに畦道があり、そこが入口となる。
道は細いので、車を停めるスペースはありません。

【写真】
1:岡見城入口の石碑
2:岡見城入口
3:岡見城跡の石碑
4:本殿の空堀
5:本殿東側の土塁
6:南殿の遠景

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