古渡城
古渡城([神宮寺城 周辺城郭])
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古渡城の口コミ情報
2024年11月29日 マグロ常陸介祐平
Wikipediaに『古渡城(別名として古谷城・小谷城・蔵前城)は80m四方の曲輪を有する小規模な城で、稲敷市教育委員会が設置する現地掲示板では「山岡景久」が築城したと記す。茨城県教育委員会発行の『茨城県の中世城館』(2003年)は「丹羽長重が築城に関わった近世城郭」としつつ、「その趣は乏しいと感じざるを得ない」としている。『茨城県の中世城館』では、丹羽長重が近世城郭として改修したのは古渡城跡の東側450mほどの地点(峯熊野権現およびその後背台地)にあった「古渡東城跡」の可能性を推測している。古渡の城は、丹羽長重が江戸崎に移った際に廃城となったと見られる。』としているように、近世城郭としては非常にわかりにくいお城です。
寛政重修諸家譜の山岡一族の項目に古渡に関する記述はなく、古渡に1万石を与えられたとされる山岡景友の命日が慶長8年12月20日,丹羽長重の古渡入封が慶長8年11月なので、辻褄が合いません。
説明板の背後に堀状の溝が見られますが、遺構でしょうか。見つけられませんでしたが、周辺には断片的に土塁が見られるようですので、城郭があったことは間違いありません。
今回は、立ち寄りませんでしたが、周辺には狼煙台なども存在するようですので、戦国期からの館が存在したのかもしれません。古渡城から南に800mの国道125号線の南側には包蔵地「堀之内リュウガイ城跡」、南東に1km程の地名は「堀之内」となっています。
2022年09月14日 昌幸近江守更に吉
稲敷市の古渡(ふっと)城。
霞ヶ浦の水運の拠点だったこの地は、江戸時代に1万石の藩としてデビューします。
最初の藩主は徳川家康家臣の山岡景久でしたがほどなく無嗣断絶し、次の藩主は丹羽長重(丹羽長秀の子)で、関ヶ原の戦いでの改易から見事な大名復帰となりました。
集落の一部と化した現在は、わずかに堀と土塁が残るのみで、館があったと思われる場所には弁財天さまが祀られています。
ちなみに丹羽長重はこの後、江戸崎→棚倉→白河→二本松と加増転封され大大名の仲間入りをします。リスタートがここ古渡城かと思うと、なんだか不思議な気持ちになりますね。人生再スタートとなる時にここに来るとパワーを貰えるのかなとか。あ、自分は今決してそんな状況ではないので悪しからず(笑)
弁財天さまの隣に、ごみ集積所を兼ねたスペースがあるので、そこに車を停めさせてもらいました。
【写真の説明】
①弁財天さま。城の案内板が設置されています。
②土塁と思われる凸部からの遠景。
③堀跡と思われる凹み。
④遠景その2。