天神山城
天神山城([助川城 周辺城郭])
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天神山城の口コミ情報
2026年07月15日 里のシロクマ主税頭
大窪城訪城後、狭い道を正伝寺へ、今回の城巡りにはジムニーが活躍細く狭い急坂の道を進む。正伝寺着き墓地の間を登ると草刈りをしている人がいたので、「お城見学に来たのですが!」と声を掛ける、「この上だよ!何もねーけど!」素っ気ない返事、取り敢えずお邪魔しますと言って墓地の間を登る。
登り切ると平坦な道にでた、南北に続く土塁だった、薮の中に横堀があった。北に進む、墓地の端で堀は西方向に堀が折れて続く、堀に沿って進むと右手に(北側)に土塁が数本見える、途中曲輪を分ける堀が出てきたがそのまま進むと舗装された道路か現れる、後で調べたら県道61号線から枝道がある事がわかった。
この道から城内へ遊歩道がある(もしかしたら搦め手か?)堀には土橋ある。城内に入ると説明板と大窪城でもあった「大久保の史跡と自然で遊ぶ会」のチラシがあった。
説明板には、「大永三年天神山の東端に大雄院七世寂翁元智が開山、佐竹氏重臣大窪日向守光正が開基となって正伝寺が造営されたが天神山城もその頃築城と見られる、城は山頂を中心に土塁と空堀をめぐらし、東側は二重となる籠城に備えた造り、天神山城からは、助川町から森山町一帯の一望の他山越えで佐竹氏の本拠太田城に直結する、まさに統治上の要地であった、現在も築城時のまま手付かずで現存している文化財である」とある。本郭と二郭で造られいるが、整地が中途半端、特に二郭はでこぼこ段差がある。主郭と二郭を分ける堀には斜めの土橋、それに横矢が掛かる。
遊歩道は続く、二郭を進み墓地との間に堀がありそれを土橋が繋いでいるが、本郭にあった横矢掛けより横矢掛けの出っ張り、堀の深さ、土橋の造りはこの城の見どころだ!
曲輪内の中途半端さとこの虎口の差がなんとも言えない。大窪城の二重堀と天神山城の堀と虎口の造り、大久保史跡と自然で遊ぶ会の方々の保存活動に感謝です。









