武生城へのルート(階段)
武生城へのルート(階段)([山入城 関連施設])
山入城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:関連施設)、「武生城へのルート(階段)」の地図・口コミがご覧頂けます。
※「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。
武生城へのルート(階段)の口コミ情報
2026年03月21日 くろちび上野介
武生城は佐竹氏の本城がある常陸太田から10キロ。佐竹氏9代貞義の子義篤と義春が布陣していました。同じく本城から10キロの西金砂城には貞義が布陣しており、互いに連絡を取り合って瓜連城攻略のための軍略を練ったそうです。
南北朝建武3年1336年2月に瓜連城攻撃が始まり、貞義の子義冬が戦死しますが、12月に瓜連城は落城します。
瓜連城は後醍醐天皇率いる南朝の楠木正家が陸奥支配の為に築城した城。佐竹氏が本領とした奥7郡(今の日立市、高萩市、北茨城市、常陸太田市、大子町、那珂市、常陸大宮市、ひたちなか市、水戸市)の那珂市にあり、佐竹氏にとってこの城を落とすことが避けて通れない課題でした。
現在武生城へ行く武生林道-奥久慈グリーンラインは道路改良工事が進められていて、武生城への道路は立ち入り禁止になっています。また、竜神大橋への登り坂途中に城に入る階段があるのですが、城の中への立ち入りも禁止になっています。
竜神大橋を渡った対岸の山が城のある武生山です。その奥に本丸など主要な遺構があるようです。
武生山を縦走した山レコを見ると、竜神ふるさと村から尾根伝いに山頂上-本丸へ行かれたようですが、痩せ尾根で、山の周囲を見てもわかるようにかなり垂直に近い断崖を歩くようです。現在ふるさと村は閉鎖中、ロープが張られていて、周囲も荒れています。
2026年03月20日 ドラねこ勘解由長官少納言
武生城への入口となる階段があります。2026年3月20日現在、工事による立ち入り禁止の看板があり、奥へは行けません。









