金砂山城

金砂山城([山入城  周辺城郭])

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金砂山城の口コミ情報

2026年03月17日 くろちび上野介


金砂城が関わった戦いは3回あったそうです。①頼朝と佐竹氏の戦い②南北朝時代の瓜連城を舞台とした楠木正家と佐竹貞義との戦い③1407年に始まる佐竹家相続問題を発端とする宗家と庶家山入氏の紛争です。(山入一揆)

このうち、頼朝と佐竹氏との戦いは富士川の合戦(水鳥の羽音を聞いた平氏が戦わずに逃走した1180年10月18日の合戦)のすぐ後にありました。頼朝の重臣達は京都迄この勢いで攻めようとする頼朝に佐竹氏討伐の重要性を説いたと言われています。300騎の兵で戦って敗れた8月の石橋の戦いの後安房に逃れた頼朝が(上総の)上総の介広常、下総の千葉常胤を主とする20万の東国武士を従えて鎌倉に戻ったそのタイミングで関東を制圧すべき、そのためには常陸で勢力をもち、同じ源氏の血筋の佐竹氏を排したほうが得策と考えたと思われます。11月14日頼朝軍は西金砂山山麓に布陣しました。

佐竹氏ですが、京都に出仕していた二代目隆義が清盛から厚い信任を受けており、後白河法王から頼朝追悼の院宣を受けて、兄忠義(子がいなかったので家督を譲っている)に出兵の指令を送っています。国元では家中の意見が分かれ、隆義嫡男義政は頼朝に恭順、弟秀義は交戦を決めます。(佐竹家に上総の介広常が説得に出向いています。)

頼朝と佐竹氏は源頼義を祖とし、頼朝は頼義-義家~頼朝、佐竹氏は頼義-義光-義業-初代佐竹昌義と続く同じ源氏の家系。
佐竹氏が常陸に来たのが義業のときで、義家から源氏代々の馬の飼料地-馬飼地であった太田郷(奥久慈七郡)を譲り受け土着しています。京都から常陸介として常陸に戻った昌義は今の佐竹郷にある天神城(馬坂城)を大掾致幹、清幹親子(昌義の妻は清幹娘)の援軍を得て落とし、ここを居城とします。この戦いのとき戦勝祈願をしたのが金砂権現で、以降金砂社は佐竹氏の守りの社(開運)となり、後年(慶長7年1602年)佐竹義宣が秋田移封になったとき秋田に遷座しています。天神城攻略後、太田城城主太田通成(後の小野崎氏)が城を明け渡したので、隆義が移り住み、防衛拠点として金砂山の金砂神社に城を置きました。

頼朝に恭順を決めた義政は太田通経他39人の家臣を連れ常陸国府(石岡)にいた頼朝に平服、非武装で会見に行きますが、国府手前の大谷橋で広常の兵に矢を射かけられ、義政他多くがその場で死亡。現在国道355線新大谷橋(小美玉市大谷)に義政の首塚があります。生き残った3名は傷を負いながら金砂城迄逃げ秀義に状況を伝えています。

金砂山は標高412m。頼朝側にとって城を容易に落とせない状況が続いた2日目、頼朝の重臣(その一人が湯河原の土肥城城主土肥実平、石橋の戦いで頼朝を土肥城にある窟-しとどの窟に匿い、安房迄逃走の手配をしています)が秀義の叔父義季(過去に賄賂で問題を起こしている)を懐柔、道を知る義季の手引きで城に兵を率入れることに成功し、金砂城落城。義季へ与えられた口約束は秀義を討ち、恭順すれば佐竹家所領を全て与える、というものでした。
義季はこの後、放浪の末捕まり幽閉されたそうです。

秀義(21才)は花園山満願寺(花園渓谷)に逃げたところを上総の介広常に探しだされますが、秀義家臣野内為和(袋田の滝がある袋田の地を褒賞でもらっています)に救われます。秀義は1189年頼朝の陸奥藤原泰衞討伐(奥州合戦)に頼朝の臣下として戦い、晩年は義光の居住地であった鎌倉市名越に住み、そこで亡くなります。(大町大宝寺。最近期間限定で公開された大町釈迦堂の近く)秀義の次男は南酒出氏(南酒出城-那賀川市)を名乗り、三男は北酒出氏(北酒出城)を名乗っています。

金砂城へは車で二つのルートがあります。金砂村(上宮内町)-ポケットパーク経由は対向車が来るのが怖いつづら折れ道です。
赤土町にある西金砂蕎麦の郷、大藪集落経由は片側一車線か、一車線でもやや広目なので安心して行かれると思います。
神社の前の段丘が本丸跡です。
トイレ、広い駐車スペースがあります。
ホームページ(広報ひたちおおた)でハイキングコースをみたのですが、西砂湯けむりの郷から不動滝、馬頭観音経由で12キロ、4時間30分。もっと早く行かれる道があるような気がするのですが。
(戦国佐竹氏研究の最前線山川出版、金砂戦国史ふるさと文庫、日本史蹟大系第4巻平凡社)


3枚目の写真は神社前にある本丸。
6枚目の大木は樹齢700年ということなので、ちょうど南北朝時代、瓜連城の戦いが起こった頃には幼木として既に立っていたかもしれない、と思いました。

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