粟生城
粟生城([鹿島城 周辺城郭])
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粟生城の口コミ情報
2026年04月11日 里のシロクマ木工頭
3月30日 訪城 霞ヶ浦遠征2日目
鹿島城へ向かう途中、粟生城がある事に気づき向かう。先人の方々の資料を見ると城のほとんどが隠滅してしまっているようだが、取り敢えず行ってみる。
今は、八幡神社と平光寺があるようだが取り敢えず行ってみる。山裾の車1台分の車幅の道を曲がりくねり登って行く。道は土塁の間に伸びて行き平光寺に着く。粟生公民館の前に駐車、周りを見ると平場には墓地がぎっしりとある。墓石の裏には土塁が見える。土塁により城跡とわかるが、どの様な造りか分かりません。八幡神社へ参拝する、神社の周りにも土塁が残る。西側にある苔むした歩道を降りて行く、先ほど車で登って来た道に出る、切岸や土塁と山城の雰囲気が感じられる。平光寺に戻り参拝する、御堂の縁側には木像のお地蔵さんいて、一瞬ビビる!平光寺と東側は開けていて見晴らしが良い。粟生城には一時期鹿島氏が居城としていたようです。この後は鹿島城へ向かいます。
2024年08月25日 マグロ常陸介祐平
粟生と書いて「あおう」と読みます。花山城として古い時代から存在し、鎌倉時代になって鹿島宗幹の子の幹実が改修して居城として粟生氏を名乗り、お城も粟生城と呼ばれるようになったようです。
昭和16年の飛行場建設、昭和50年頃の鹿島開発の土取りの為、お城の大部分が失われましたが、御城・内御城・外城の3つの城域の内、外城の北側部に当たる平光寺周辺に遺構が残っています(写真1,3,4,6,7,8枚目)。お寺の背後にある八幡神社を囲むように土塁があり、西側には土塁と空堀、正面には折れを伴う空堀、土塁、虎口が見られます。その先(南側)は断崖で、鉄のハシゴのような階段(写真2枚目)がありますが、本来はこの先にお城の大部分があったようです。
粟生氏は石神氏との抗争で滅びたとされていますが、お城を見たかぎりでは、石神氏の館と比べると粟生城はかなりの規模の城郭で、抗争になるほど勢力が拮抗していたようには思えません。
平光寺には、歴史民俗資料館で見られるような藁で作った2本刺しの人形が見られます(写真5枚目)。









