笠松城
笠松城([志筑城 周辺城郭])
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笠松城の口コミ情報
2024年12月05日 マグロ常陸介祐平
大掾(馬場)資幹の孫の佐谷実幹が正元元年(1259年)に佐谷郷の地頭となり、その頃に築城されたものと考えられているようです。14世紀になると小田氏に侵食され、勢力が減衰したとされています。江戸時代の書物ですが、小田家風記に天文年間の家臣として佐谷氏が見られ、大掾氏の家臣と思われる佐谷氏が天正年間の高野山清浄心院供養帳に記載され、佐竹氏に慶長年間に真壁において仕官した佐谷貞幹が見られることから、一族は多様な道を歩んだようです。
慶長7年になると出羽国の国人本堂氏が関ヶ原の功績で佐竹氏と入れ替わりで志筑8500石を賜り、笠松城を陣屋としています。本堂氏が正保2年に志筑陣屋に移ると廃城になったようです。
どこまで原形を残しているのかわかりませんが、江戸時代に使用されたこともあり、曲輪は直線状で、近世城郭の雰囲気があります。西側には横矢の構造が見られますが、土塁は一部を残すのみです。
800m程南西の県道から少し入った所に、佐谷氏初代実幹の供養塔があります。