島広山・石井営所
島広山・石井営所([古間木城 周辺城郭])
古間木城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「島広山・石井営所」の地図・口コミがご覧頂けます。
※「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。
島広山・石井営所の口コミ情報
2026年01月03日 マグロ常陸介祐平
平将門が関東を制覇する拠点とした営所です。将門記には、承平7年(937年)将門の雑役夫を務めていた丈部小春丸が、平良兼から騎乗の郎党に取り立てることを条件にスパイとなり内情を報告、良兼は精鋭80余騎で石井営所に夜襲をかけますが、将門に撃退されています。天慶3年(940年)2月13日、石井営所は平貞盛・藤原秀郷・藤原為憲に焼き払われ、将門与党は離散、翌14日には営所から2kmほど南の北山で将門は矢が額に命中し討死しています。
営所跡には20tもあるとされる石碑が建ちますが、遺構らしきはありません(写真1,2枚目)。すぐそばにある延命寺は、石井営所の鬼門除けとして建立されたお寺で(写真3枚目)、山門内側の池は水堀のようにも感じられるものですが(写真4枚目)、城郭的なものではなさそうです。また、近くには老翁が石を投げつけ湧き出したとされる井戸があり(写真5,6枚目)、将門や従兵達が喉を潤したとされています。北に200m程には、将門の終焉の地に将門の3女の如蔵尼にが庵を建てたことに始まる国王神社が鎮座しています(写真7枚目)。
将門の首塚は、東京大手町の将門塚が有名ですが、胴塚は4km程南東の神田山延命院にあります(写真8枚目)。









