長峰城
長峰城([豊田城 周辺城郭])
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長峰城の口コミ情報
2026年07月07日 東堤北星
長峰城はつくば市を流れる古貝川のほとりにある豊田城の支城です。豊田氏の家臣である長峰氏の居城として文明11年(1479)に長峰正次が築城したと伝わっています。天正3年(1575)に多賀谷氏による侵攻を受け豊田氏は滅亡し、長峰城も本城である豊田城とともに落城したそうです。この多賀谷氏の家譜では豊田氏家臣の飯富大膳と言う人物が城主であったと記載されています。完成から落城まで100年ほどあるので城主が変更になっているのも当然とは思いますが、資料が乏しいため詳しくはあまり良く分からないのが現状でした。いつ長峰氏から飯富氏に城主が代わったのでしょうか?
城趾は完全に藪と化している一方で、県道24号土浦境線の沿道には立派な石碑が建っています。なお、主郭は石碑がある場所ではなく更に300m程川の上流方面へ向かった先にあります。主郭は草や藪で覆われており、文字通り足の踏み場もない状態のため、探索どころではないというのが感想です。とくに夏場は主郭へ到達することも難しい状態です。私は到達することはできず、橋から主郭の方面をみましたが、鬱蒼とした藪が広がっているのみでした。攻城は秋〜冬をお勧めします。
この一帯は土地改良工事などが行われ、また東側にはゴルフ場が建てられているため遺構はほとんどのこっていません。元々長峰城は方形の区画を持つ城だったそうですが、わずかな堀や土塁を残して遺構は消滅したと考えられます。先人様が土塁と堀を見学していらっしゃったので遺構はのこっているのは確かでしょうが、夏場は藪が生い茂っているため見学するのは困難です。
2024年03月25日 ClaD高原の温泉へ掃部頭
豊田城の豊田氏の家臣「飯富大膳」が築いたとされます。ゴルフ場と小貝川にはさまれた細長い舌状台地にあり、ゴルファーの声が聞こえます。
1辺100メートル近い大きさの方形の主郭を、最大幅25メートルの堀と高さ3メートルの土塁が囲み、国土地理院の色別標高図でもはっきりと見えますが、全体が笹藪に覆われて冬でも藪漕ぎ必須です。
行き方ですが、畑の横(36.1152,140.0030)から川に向かって入るとピンクテープが見えるので、それを追って北へ進めば城址に着きます。
南の長峰橋付近に城址碑がありますが、城址から離れているので間違えないでください。









