養源院跡

養源院跡([日光奉行所  寺社・史跡])

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養源院跡の口コミ情報

2024年07月09日 昌幸近江守更に吉


【現地説明板より】
寛永3年(1626)、水戸頼房の養母「英勝院」が、「於六の方」の菩堤を弔うために創建した寺院です。家康の側室であった於六の方の院号が「養源院」であったことから、そのまま寺号としたものです。水戸家が代々の大檀家となり、元禄2年(1689)には、松尾芭蕉が奥の細道行脚の途中、この寺を訪れてから東照宮に参詣しましたが、明治の神仏分離の際、廃寺となりました。


◆英勝院とは
英勝院は「お梶の方」といい、家康最後の子となる子女を産むも、その子は早逝してしまいます。それを不憫に思った家康。
家康の側室は多数おり、その中の「お万の方」には後の紀州徳川家の祖・頼宣と水戸徳川家の祖・頼房の二人の男児がいました。家康は頼房をお梶の方の養子とし教育を任せました。

◆「お梶の方」と「於六の方」との関係
於六の方はお梶の方の部屋子だったそうです。家康の目に止まり側室となりました。
家康逝去後は落飾しそれぞれ「英勝院」「養源院」と名乗りました。
しかし養源院は1625年、家康の法事で日光に訪れていた際、急死してしまいます。英勝院は1626年、菩提を弔うため日光の地に建てたのがこの寺で院名をそのまま寺の名前とします。その縁もあり養源院は水戸徳川家の宿坊として使われるようになるのです。

【写真の説明】
①墓石。左が英勝院、右が養源院のもの。
②石仏
③〜⑧寺跡を囲む石垣

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