藤本館
藤本館([徳次郎城 周辺城郭])
徳次郎城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「藤本館」の地図・口コミがご覧頂けます。
※「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。
藤本館の口コミ情報
2026年11月06日 マグロ常陸介祐平
三河国高橋郷出身で源頼朝の家臣藤原姓相良氏流の高橋氏が、形部高義の代に宇都宮貞綱(鎌倉時代の宇都宮家当主)に仕えこの地に居住したとされます。高橋氏が使用するふたつの家紋のうち「笹に笠」は頼朝から下されたものと伝わるようです。説明板には室町時代中期の宇都宮持綱の時に帰農したと書かれていますが、真壁の小田部庄右衛門氏に伝わる「芳賀高継書状写」にはお隣の大堀館の半田氏同様に天正2年(1574年)に高橋和泉守が鹿沼へ朝のうちに攻めかかり、敵を50人余り討ち取ったり捕虜にしたことで、感状を賜ったことが伝わり、宇都宮氏の改易時の当主の国綱からの官途状も賜ったとされることから、国綱の改易時に帰農したものと思われます。
館跡には現在も高橋氏がお住いで、江戸時代に造られた門の前には堀があり、立派な土橋が見られます。橋は永和年間(1375年頃)に架けられ、慶応3年(1867年)の世直し一揆の際に破壊され、明治43年に日光の神橋を模して再建されたもののようです。西側には姿川が流れ、住宅の背後の北側や東側にも空堀や土塁が残るようですが、未確認です。
館の南側50m程には高橋氏の菩提寺だった歓喜院滝明寺跡があり、高橋氏の墓石が整然と並んでいます。
2026年09月26日 こんぶちゃ@皆川衆
高橋城・藤本高橋城とも呼ばれます。
宇都宮氏家臣・高橋氏の城と伝わり、現在も子孫の方がおられるらしいです。
民家内のため道路から見られるのは南側の空堀のみですが、北側と東側にも空堀が残るようです。









