宇都宮城主 戸田氏の墓所
宇都宮城主 戸田氏の墓所([宇都宮城 関連施設])
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宇都宮城主 戸田氏の墓所の口コミ情報
2022年12月06日 まー刑部卿
『英巌寺は、宝永7年(1710)戸田忠真が宇都宮城主になったときに建てられたがもともと墓はなく、位牌堂があった。
戸田氏(江戸時代中ごろから明治維新までの宇都宮城主)の墓は江戸牛込の松源寺にあったが、明治41年(1908)、松源寺の移転のとき、ここ英巌寺に改葬された。正面に46代忠恕の墓、47代忠友(最後の城主)の墓、左奥に尊次から忠明まで11人の名前が刻まれた大きな墓碑がある。』と書かれています。
宇都宮市指定文化財。
戊辰戦争・宇都宮城の戦い、において旧幕府軍に放火消失しそのまま廃寺となり報恩寺へ統合。明治8年(1875)、寺跡に鉄製の鳥居が建てられています。現在、寺跡の大部分は私有地となり戸田氏の墓は英厳寺児童公園となる。
46代、47代とは宇都宮城が築城された平安時代から数えて、となる。
駐車は不可で地蔵堀跡付近で路駐箇所有り。